インディ500予行演習となった佐藤琢磨のチップ・ガナッシ初レース。序盤にクラッシュも高まるインディ500への期待

 インディカー・シリーズ参戦14年目に挑む佐藤琢磨。2023年はオーバルレースのみに参戦することになったが、チームは最強といっていいチップ・ガナッシ・レーシング。もちろん使用エンジンはホンダ。目指すは3回目のインディ500優勝だ。

 琢磨にとってのシーズン最初、そしてガナッシでの最初のレースはテキサス・モーター・スピードウェイでのシリーズ第2戦となった。

 インディ500の舞台であるインディアナポリス・モータースピードウェイは全長2.5マイル、テキサスは1.5マイルとコース長は違うが、インディの9度に対してテキサスは最大24度のバンクがつけられていることから、どちらも超の字がつく高速コース。

 採用される空力パッケージは完全に同一ではないが、似たものとされている。いわばテキサスでのレースは、「インディ500の予行演習」なのだ。

 インディ500は5月末。そんなに時間的猶予はない。琢磨がこなすべきタスクは多い。ガナッシのマシンを理解し、自らを担当してくれるエンジニアとのコミュニケーションを深め、3人いるチームメイトたちとの意思疎通を図り、共闘体制を築き上げなくてはならない。

 インディの前に1レースを戦えることは大きい。その前に琢磨にはシミュレーターでのテストのチャンスも3人のチームメイトたちと同様に与えられた。

 そのチームメイトとは、チャンピオン6回を獲得しているスコット・ディクソン、2021年チャンピオンのアレックス・パロウ、昨年のインディ500で優勝したマーカス・エリクソンだ。

 ディクソンはダントツの速さを見せつけながら不運に見舞われたことも何度かあり、インディではまだ2008年の一度だけしか勝ったことがない。

 琢磨は2勝しており、そのうちの1勝はディクソンとの終盤のバトルを制してのものだった。ディクソンと琢磨の間に強烈なライバル意識があるのは間違いない。

 開幕前のテストでディクソンに、「琢磨はインディでの初ポールポジションも欲しがっている」と投げかけると、「ポールは獲っていいよ」と彼は返して来た。「レースでの勝利は譲れない」という意味だ。

 テキサスといえばディクソン……というイメージが強い。彼がビクトリーレーンでカウボーイハットを被り、リボルバー銃をぶっ放すパフォーマンスを何度も見ている。

 しかし、琢磨もテキサスは得意な部類に入る。ポールポジションを一度獲得しているし、昨年はデイル・コイン・レーシング・ウィズRWRで走った最初のオーバルレースながら予選で3番手に食い込んでいる。
 

プラクティスはガナッシ勢トップ、予選でも6番手と速さを見せた佐藤琢磨

 
 しかし、今年の琢磨は、得意だからといってテキサスでいきなりの勝利を狙う……つもりではなかった。終盤戦でトップ争いができている状況なら勝負するだろうが、それよりも今回はマシンやチームのことを少しでも知り、インディで戦うための準備を整えることがメインテーマだった。

 予選の前にプラクティスが1回だけ。これはベテランの琢磨にとってでも非常に厳しい条件だ。しかも、琢磨は昨シーズンの最終戦ラグナセカ以来インディカーに乗っていない。

 久しぶりの走行が時速220マイル超というのは、インディカーでのキャリアが14年目を迎える琢磨にとってでも難しいものだった。

 それでも、ガナッシのベースセッティングの優秀さも味方につけ、琢磨は予選で6位という好位置につけた。ガナッシ勢4人の中でディクソンに次ぐ2番手だった。それも、ディクソンは琢磨の走行データを参考にしての走行だったことで2位に食い込めたのだった。琢磨のオーバルでの能力の高さが証明された予選だった。

 予選後のプラクティスは、レース用のセッティングを施したマシンによる、ドラフティングを利用し合っての走行だが、ここでも琢磨は3番手につけた。走る度にスピードも順位も上がって行った。これは高い評価が得られるパフォーマンスだ。
 

クルーたちに状況を伝える佐藤琢磨

 
 ところが、レースでの琢磨は序盤戦にしてクラッシュしてしまう。

 6番手スタートだった琢磨は、タイヤや燃費のセーブも考えてのベテランらしい戦いぶりを見せ、ポジションは12番手周辺まで下がっていたものの、スティントが終盤に入ると周囲のドライバーたちよりペースは速くなっていた。

 逆に、タイヤを酷使してスピードダウンを余儀なくされたり、我慢し切れずにピットへと飛び込むチームも出始めた。そんなドライバーに琢磨はタイミング悪く追いついてしまったのだった。

 ウィル・パワー(チーム・ペンスキー)は予選からスピードが今ひとつで、レースでもトップグループのパックに何とかしがみついていたが、45周が近づいた頃に急激にペースダウン。

 琢磨は彼にターン2で追いつき、出口に向けての相手のスピードダウンぶりが予想を上回るものだったため、追突を避けるべくラインを少しアウトにずらした。そこでタイヤかすに足をすくわれてしまったのだ。

 琢磨がインから抜かなかったのは、パワーと彼の減速をチャンスと見て、インサイドにデブリン・デフランチェスコ(アンドレッティ・スタインブレナー)が飛び込んでいたからだった。
 

47周目でクラッシュを喫し、テキサス戦最初のリタイアとなった佐藤琢磨

 
 レース後に琢磨の担当エンジニアであるエリック・カウディンは、「あのアクシデントは不運そのもの。琢磨が悪くて起きたものじゃない。最初のスティントが終盤に入っていて、琢磨のペースは前を走る5~6台より速かった」

「ピットストップを終えれば4、5ポジション挽回ができる展開だった。今回、我々はロングランで速いマシンを作り上げることができていたと思う。2日間のイベントだったが、短時間で多くの成果が得られた」と話していた。

 インディカーの最前線で20年以上戦って来ているベテランエンジニアである彼は琢磨について、「豊富な経験を持ち、スキルも高い。マシンに関するコメントは詳細かつ正確で、何をマシンに何を求めるか明確なものを持っているから、エンジニアとしては非常に働きやすい」

「琢磨のセッティングのひとつひとつを深く掘り下げる姿勢は素晴らしい。エンジニアとのミーティングはガレージの閉まる時間まで続く」と高い評価をしている。

 琢磨のカウディン評は、「私のことを凄くリスペクトしてくれています。彼はドライバーの要望を徹底的に聞いてくれる素晴らしいエンジニアです」というもので、おおいに手応えを感じているようだ。

 ペンスキーはインディでも3台のままだが、アンドレッティはおそらく5台(提携するメイヤー・シャンク・レーシングも含めれば7台)、マクラーレンは4台をエントリーする。

 今やインディを制するにはマルチカー体制が必須。ガナッシは4カーで2年連続、通算6勝目を目指す。

 アンドレッティ・オートスポートでは1シーズンを過ごしたことのある琢磨だが、ハッキリ言ってガナッシはアンドレッティよりランクは一段上。琢磨は参戦14年目にしてシリーズトップのチームで走るチャンスをついに掴んだ。

 それは、インディでの琢磨にとっての最大のライバルであるディクソンとチームメイトになることを意味してもいる。

 チップ・ガナッシ・レーシングでは彼の乗るカーナンバー9が最優先。昨年のインディ500での予選を見ても、ファスト9によるPP争いでアレックス・パロウが素晴らしい4ラップを記録してトップに立ったが、最後にアタックしたディクソンが鮮やかな逆転劇を披露、2年連続、キャリア5度目となるPP獲得を果たした。
 

昨年のインディ500ではポールポジションを獲得したスコット・ディクソン

 
 ディクソンとパロウの差はどこに? 豊富な経験に裏付けられたスキルももちろんあっただろうが、選りすぐられたシャシーに選りすぐられたパーツを組み込み、細部まで徹底的に、時間をかけて作り込まれたディクソン用マシンが威力を発揮した、と見ることもできる。

 琢磨は言う。

「ディクソンのことはリスペクトしないと。このチームで20年もやって来ているドライバーなのだから。自分も頑張りますよ。チームがフルにバックアップしてくれているので本当に凄く走りやすいと感じています」

 ディクソンがエースだからといって、彼の好みや主張に合わせてマシン作りが行われているわけではない。4人のドライバー全員が同じだけのインプットをもたらす。それがガナッシのやり方で、強さの秘密だ。

 彼らがテキサス前に4人全員にシミュレーターでのテストを行わせたのも全員の意見を取り入れるため。シミュレーターでのテスト受け、現場で何をトライするかのリストアップも4人のフィードバックを基にして作成されたという。チャンスは全員にあるということだ。

 琢磨の参画は、インディ最強チームといっていいガナッシをもう1段レベルアップさせることになるだろう。それを期待したからこそガナッシは彼を迎え入れた。

 技術に関する理解度が深い上に、マシンの細かな差を感じ取る能力に優れている琢磨は、特にセッティングのファインチューニングで大きな貢献をすると見られている。

 そうやって仕上がったマシンで、ガナッシのドライバーたちが優勝争いの中心となり、4人のうちのひとりが優勝する。それがチームの描くベストのシナリオだ。そのウイナーが琢磨となったら最高なのだが……。
 

ニューガーデンと競るアレックス・パロウ。テキサス戦では3位フィニッシュ
開幕戦セント・ピーターズバーグを勝利したマーカス・エリクソン

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