今も見つかる被爆者の遺骨 「戦争、原爆はまだ終わっていない」 G7首脳が見る「島の歴史」が訴えること

G7広島サミットの主な会場となるホテルから各国の首脳たちも見ることになるであろう「島の歴史」に注目します。原爆投下直後に、多くの傷ついた被爆者が運ばれ、亡くなった似島(にのしま)です。島では、今も被爆者の遺骨が見つかっています。

G7広島サミットの開催を前に4日、警備のトップを務める警察庁長官が視察に訪れました。会議場の可能性がある部屋から見える島があります。G7の首脳たちが目にするであろうその島は、広島市街地の沖に浮かぶ似島です。

「あそこが現場になります。ご遺体が埋められているという場所です」―。12日、似島へと向かうフェリーに、県内の大学に勤める 嘉陽礼文 さん(44)の姿がありました。似島には原爆投下後から多くの被爆者が運ばれ亡くなりました。似島で埋葬された遺体は戦後、多くが掘り起こされましたが、嘉陽さんは個人的な活動として、今も埋もれたままになっている被爆者の遺骨を探しています。

似島には戦前、陸軍の検疫所が設けられ、戦地から帰還した兵士が伝染病にかかっていないか調べたり、消毒したりしていました。検疫所には医療器具もあるため、広島に原爆が投下されたあと、臨時の野戦病院となり、負傷者が次々と船で運ばれてきました。その数は1万人ともいわれています。

「検疫所のどの部屋もけがした人が寝とったんよ」―。戦前から似島に住む冨士井和子さん(92)は、当時をこう振り返ります。

「どこもかしこも穴を掘って遺体を入れとった」次々と息絶える被爆者 火葬が追いつかず遺体は広場に穴を掘り埋葬していた

戦前から似島に住む 冨士井和子 さん(92)。14歳だった冨士井さんは1945年8月6日、父親に用事を頼まれ、島を渡って現在の皆実町(広島市南区)の親戚の家に立ち寄っていたときに午前8時15分を迎えました。

冨士井和子 さん
「ピカーって光って そのあと雨がジャーと降った。それは覚えとる」

爆風により家中の窓ガラスは割れましたが、建物は無事で、冨士井さんにもけがはありませんでした。島に帰るため港を目指しましたが、道は負傷者で一杯だったといいます。

冨士井和子 さん
「やけどした人がいっぱい歩いとった。ひどかったね、あのときは」

港に着き、負傷者を似島へ運ぶ船に乗ることができました。しかし、船からはうめき声も聞こえず、冨士井さんは遺体が運ばれていると思ったといいます。日が落ちたあとに似島へ帰ることができましたが、見慣れた光景はありませんでした。検疫所の中も負傷者であふれかえっていました。

冨士井和子 さん
「いっぱい寝とったんよ。どの部屋も、どの部屋もね。みんな寝とったんよ。お母さんもおる、子どももおる、みんな、向こう宇品(広島市)から運んできたんじゃけぇ」

8月6日以降、似島では遺体を焼く火や煙が絶えず見えたといいます。そして、火葬が追いつかなくなると、防空壕や広場に穴を掘って遺体を埋めていました。

冨士井和子 さん
「道は人が歩いてできんけぇ。草が生えているところ、どこもかしこも兵隊さんが掘りよった。山のほとりに穴をほって、遺体を入れよった。大八車に積んじゃ、積んじゃ、行ったんよ」

数えきれない遺体が似島で葬られました。戦後直後から2004年までに島の人たちや広島市の調査によって多くの遺骨が掘り出され、供養されてきました。ただ、まだ掘り出せていない場所があると証言する住民もいました。

「まだ埋もれている場所がある。掘り出してあげてほしい」似島では今も被爆者の遺骨が見つかる

嘉陽礼文さんは、2014年から似島で遺骨や遺品の発掘調査に取り組んでいます。2014年に別の場所で行った調査では、当時のボタンや小銭、キセルが見つかりました。

嘉陽礼文 さん(2014年)
「いかに多くの人がここで苦しんで亡くなったのかを、世の中に認識してもらいたいというのが1番大きな気持ちですね」

調査を続ける姿を見た住民が、嘉陽さんに「まだ埋もれている場所がある。掘り出してあげてほしい」と依頼したといいます。数年かけて資金を貯め、2018年の春、地元住民と一緒に遺骨の発掘調査に取りかかりました。重機も入れた本格的な調査で、およそ1週間で100個以上の骨片が見つかりました。

嘉陽さんはその後も、まだ見つけ切れていない被爆者の遺骨を探すため時間を見つけては島に渡り作業を続けています。そして、今月12日にも指先ほどの小さな骨片が見つかりました。

遺骨を手にした嘉陽さんは、無念そうに話します。

嘉陽礼文 さん
「もうすぐ78年ですか…。ずっと土の中にいらっしゃって、悲しい思いをずっとされてきたと思うんですよ。申し訳ありませんという気持ちでいっぱいです。戦争終わってないと思いますね、原爆も終わってないし、戦争も終わっていないんだなって遺骨を見たら思いますね」

この日の調査では新たに4つの骨片を見つけることができました。「埋もれたままの遺骨はまだある」―。嘉陽さんは、これからも調査を続けます。

5月には、似島から見える場所でG7の首脳が核軍縮について議論をします。今もなお、土の中に残された被爆者の声なき声を、各国首脳は受け止めなければいけません。

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