中村あゆみ「翼の折れたエンジェル」の歌詞にみる10代の圧倒的リアリティ  80年代を生きたティーンエイジャーたちが音楽に求めた “等身大の物語”

中村あゆみ最大のヒット曲「翼の折れたエンジェル」

1985年にリリース、中村あゆみ最大のヒット曲である「翼の折れたエンジェル」は、現在に至るまでレコード、CDの売り上げが50万枚以上。ストリーミングの再生回数は120万回以上になるという。これはもはや、昭和の名曲という括りで語るものではなく、昭和、平成、令和と聴き継がれる普遍的な名曲と言えるだろう。

この曲が聴き継がれている最大の理由は、リリックに潜む物語性だと思う。決してソフィスティケートされていない、むしろ青臭くも儚い男女の恋愛模様だ。いや、恋愛模様という言葉で片付けることのできない、十代特有の焦燥や苛立ち、そして憧れがすべて詰まっていた。

こういう流派がいつからヒットチャートに登場したのかを考えてみると、その起点は尾崎豊の登場からだと思う。「シェリー」、「OH MY LITTLE GIRL」など決して強くはない男が主人公となり、女性を守りきれない自分の不甲斐なさをさらけ出す。もちろんこういうスタンスは決して珍しくなかったが、十代の目線で歌われていることが新しかった。

つまり、当時のヒット曲のメインターゲットであった80年代を生きたティーンエイジャーたちが、音楽に等身大の物語を求めていたということだろう。洒脱でアーバンな世界観を持つシティポップやキャンディポップ的な夢物語では物足りない。“自分たちのことを歌っている” と共感できる世界観を渇望していたのだと思う。

デビュー曲「Midnight Kids」の歌詞に注目

中村あゆみは「Midnight Kids」という曲で84年9月5日にデビューを飾る。この曲も「翼の折れたエンジェル」と同じく、シンガーソングライター高橋研の楽曲だ。作詞には中村本人も名を連ねている。これは尾崎豊も敬愛したブルース・スプリングスティーンを彷彿させる疾走感溢れるロックンロールであり、「翼の折れたエンジェル」と同路線の楽曲と言っていいだろう。なんとも興味深いのは――

 Tonight-100万ドルの夜空を舞い降りる
 みんな傷だらけのエンジェル

という歌詞の一節だ。「Midnight Kids」はヒットには及ばなかったが、ここで中村あゆみ、高橋研という強いパートナーシップのもとで確信した路線が「翼の折れたエンジェル」につながっていることは間違いない。これは尾崎豊がシングル「十七歳の地図」をリリースし、頭角を表してきた時期と重なる。

中村にとって、尾崎の存在が自らのモチベーションになったことは想像に難くない。二人は同じ世界を見据えていたと言えるだろう。それは、決してハッピーエンドでは収まりきれない、痛みや儚さを内包し、決して美しさだけではないギリギリの世界を歌っていこうという決意だったのかもしれない。

「翼の折れたエンジェル」では――

 疲れきったふたりが悲しいね

 あたしも翼の折れたエンジェル

 みんな翔べないエンジェル

というバッドエンドとも言える結末で幕を引く。尾崎の描いた世界観にしてみても、決してハッピーエンドではなかった。だからこそのリアリティに多くの十代が共感した。それは聴き手からすれば、決して平坦な道のりではない人生を生きていくという決意だとも言える。

日清カップヌードルのCMソングとして起用される

十代の苛立ちや敗北、そして痛みというリアリティがヒットソングを通じて全国のお茶の間に流れたのも大きなインパクトだった。CMソングとして起用された「日清カップヌードル」の映像では「夢を見ればケガをする / 夢を見なけりゃ生きられない」というこの曲の世界観を凝縮したようなナレーションが入る。

つまりCMの世界においても、中村あゆみ、高橋研が紡いだ世界観に時代の本質を感じ取ったのだろう。そう、甘い夢物語や、アーバンなライフスタイルが歌に求められる時代はすでに終わっていたということを。

時代は好景気の中、バブルに向かっていったが、そんな虚飾に溢れた時代だからこそ、多感な十代の若者には痛みを内包するリアリティが求められていたのだ。

そして、このリアリティは時代に風化することなく、2008年に「キリンストロングゼロ」のCMソングとして再レコーディング。そして現在もステージに立つ中村あゆみのライブには欠かせない1曲としてファンを沸かせている。

カタリベ: 本田隆

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