インド最難関校に続々合格させる神教師の実話『スーパー30 アーナンド先生の教室』はリティク・ローシャン主演「マサラン桜」な感動物語

『スーパー30 アーナンド先生の教室』©Reliance Entertainment ©HRX Films ©Nadiadwala Grandson Entertainment ©Phantom Films

筋肉もダンスも封印「汚れリティク」を拝める異色作

最近、日本での主演作品の公開や上映が続いているリティク・ローシャン。少し前の公開だが、タイガー・シュロフと組んで見事なアクションとダンスを披露した『WAR ウォー!!』(2019年)に始まり、ここ2年の間では『スーパー30 アーナンド先生の教室』(2019年)、『人生は二度とない』(2011年)、『バンバン!』(2014年)が公開され、さらに映画祭では『ヴィクラムとヴェーダ』(2021年)も上映と、ちょっとした「リティク祭り」の様相を呈している。

そんなリティク主演作の中で、1作だけ、汚れ役とでも言うべき異色の作品がある。それが『スーパー30 アーナンド先生の教室』だ。

目指せ超難関校! マサラな“お受験”感動物語

リティクが演じるのは、ネパール東部と国境を接するビハール州の州都、パトナにある塾の先生アーナンド・クマール。もともとアーナンドは数学に天賦の才がある学生で、年に一度数学の優秀な学生を顕彰する<ラーマーヌジャン賞>でも金メダルを獲得したほどだった。

家は貧しいながら勉学に励み、やがて英国ケンブリッジ大からの入学許可も手にするのだが、渡航費が工面できず留学は夢と消える。その後、生活のため母や弟とパーパル(米粉のせんべい)売りをしていたところを、受験塾を経営する儲け主義の男ラッランに声を掛けられ、ラッランの塾で人気講師となっていく。

だが、貧しい学生が劣悪な環境で数学を勉強している姿に心を打たれたアーナンドは、そんな学生たちのために無料の受験塾を立ち上げ、厳選した30名を「スーパー30」というプログラムのもと、難関大学に合格させようとする……というのが本作のストーリーだ。

「スーパー30」の学生たちが目指すのは、インドで最難関の大学であるインド工科大学(IIT:Indian Institute of Technology)。IITはインド全土に23校が展開しているが、その中でもトップクラスのIITマドラス校、デリー校、ボンベイ校、カーンプル校は、2021年のインド全大学ランキングで1位と3~5位を占めている超有名大学である。

「IITに落ちた生徒が仕方なくMIT(マサチューセッツ工科大学)に行く」とまで言われるほどで、卒業生たちはエリートとして世界中に散らばり、強力なネットワークを形成している。1990年代にマドラス→チェンナイ、ボンベイ→ムンバイと街の名前は変更されたが、IITが頑なに旧名を使い続けているのも、伝統を誇る気持ちの表れだろう。

こんな大学なので、試験に合格して入学できるのはごく一部のエリートだけ。小さい頃から一貫して名門校で英語による教育を受け、受験塾で鍛えられないと到底入試には合格しないのだが、それに反旗をひるがえしたのがアーナンド先生で、能力のある人間なら誰でもがIITに入学できることを証明しようとするのだ。

身分制度に縛られたインドでは、「王の子供だけが王になれる」と言われているが、アーナンドはそれを否定し、「王になるのは能力のある者だ」と学生たちを鼓舞していく。

インドの受験戦争は“教育マフィア”も暗躍!?

実はリティクが演じるアーナンドには、実在のモデルがいる。というか、実在のアーナンド・クマール氏のこれまでの苦労と挑戦を描いたのが、本作『スーパー30 アーナンド先生の教室』なのだ。

本物のアーナンド・クマール氏によると、本作にはもちろんフィクションも入っているものの、90%は彼自身が経験した事実だという。それを知って本作を見てみると、インドが日本や韓国以上に苛烈な受験戦争社会であることや、大金が動く受験塾に群がる“教育マフィア”とでも言うべき存在があることなど、恐ろしい現実がわかって背筋が寒くなる。本作中では、アーナンドは「スーパー30」を始めたことでラッランの恨みを買い、何度も命の危険にさらされるのである。

リティクの他作品なら、彼はスーパーヒーローとしてあらゆる危機をクリアするのだろうが、本作では粗末な衣服に身を包み、無精ヒゲを生やして髪はボサボサ、殺人者にナイフを突きつけられても持っているのはタオルだけなので、刺されて倒れ伏すしかない。こんな役はおそらくリティクにとっては初めてだと思うが、スターオーラを封印して真摯に受験生たちと向き合う姿は、まるで別人のようで作品世界に引き込まれてしまう。

「スーパー30」の受験生たちも、貧しい家の子供たちという役柄にハマる出演者が選ばれており、その発言や行動がリアルに迫ってくる。ただ、数学が観客にとっては理解が難しいと考えられたためか、数式や彼らの創意工夫、発明等はファンタジックなアニメーションでの処理になっており、現実感が薄れたのが少々残念だ。

現実と違うと言えば、前述した「90%はアーナンド・クマール氏自身が経験したこと」以外の10%は、おそらく恋愛シーンではないかと思うが、前半に登場するアーナンドと恋人スプリヤーのシーンは、これぞボリウッド映画! と言いたくなるほどチャーミングだ。スプリヤーを演じるムルナール・タークルが美人で愛くるしいことと、彼女が演じるスプリヤーが金持ちの娘であるという設定から、目を奪われるシーンがいくつか登場する。

スプリヤーの初登場シーンでは、彼女はカタック・ダンス(インド古典舞踊の一つで、北インドの宮廷で発達した優雅な舞踊)のクラスに参加しており、その後も舞踊シーンやお祭りのシーンなどが登場して画面を彩る。ただし、彼女を単なるお飾りだけにしなかったところが脚本のうまいところで、スプリヤーは後日、アーナンドの救いの神となる聡明な女性として描かれている。

ナンディーシュ・シンやアミト・サードらスター俳優が集結

アーナンド役のリティク以外にも、スプリヤー役のムルナール・タークルのように登場人物たちはキャスティングの妙で輝きを見せている。

常に兄を支えるアーナンドの弟プラナヴ役には、これが映画初演技となるテレビ俳優ナンディーシュ・シン。ラッランの塾との試験合戦で、アーナンドの味方となり彼を助けるジャーナリスト役には、『スルターン』(2016年)などのアミト・サード。

そして映画冒頭に出てくる、アーナンドの塾から一度は逃げ出した少年フッガーの成人後の役には、『ガリーボーイ』(2019年)や『シャウト・アウト』(2020年)のヴィジャイ・ヴァルマー。これだけのスターが脇を固められるのも、監督が『クイーン 旅立つわたしのハネムーン』(2014年)を撮ったヴィカース・バハルだからだろう。

本作はインド本国で2019年7月に公開されると、その年のヒンディー語映画興収トップ10に肉薄するヒットとなった。リティク・ローシャンがアクションとダンスだけの俳優ではないことを証明し、アーナンド・クマール氏の業績を広く世界に知らしめた『スーパー30 アーナンド先生の教室』。ご覧になる時は、ハンカチの用意も忘れずにどうぞ。

文:松岡 環

『スーパー30 アーナンド先生の教室』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「特集:ハマる!インド映画」で2023年4~5月放送

© ディスカバリー・ジャパン株式会社