Vol.64 問われるドローン開発の倫理[小林啓倫のドローン最前線]

戦場での活用が続く民間ドローン

ロシアのウクライナ侵攻から、1年以上が経過した。圧倒的な軍事力の差から、当初は早期にウクライナの敗戦で決着するのではないかと考えられていたが、西側諸国の支援もあり、ロシア軍を押し返すことに成功している。ただ犠牲者は増え続けており、改めてこの戦争が早期に終結し、ウクライナに平和が訪れることを祈りたい。

さて、あまり褒められた表現ではないが、この事態は「戦争」という状況において、民間のドローンがどう活用されるかを考える上での実験場のような機会となっている。この連載でも、およそ1年前のVol.53において、ドローンによる空撮が有効活用されていること、そのため民間ドローンの提供やパイロットの募集が広く呼びかけられていることを紹介した。その後もドローン活用は続いており、UNITED24(ウクライナ政府が運営している同国への寄付金募集キャンペーン)がソーシャルメディア「テレグラム」上に開設したアカウントによれば、2023年3月に約500機の民間ドローンが前線に送られたそうである。

ちなみに500機の内訳だが、この投稿によると、DJI Mavic 3T Thermalが最も多く300機となっている。他にもDJI製ドローンとしては、MAVIC 3 Enterpriseが41機、MATRICE M30 Tが2機などとなっており、全体の7割近くを占める。

DJIドローンは中国製ということで、前述の記事Vol.53でも解説していた通り、運用データが中国側に漏れるのではないか(そしてそれがロシアに伝わる恐れがあるのではないか)との懸念が示されていた。それでもこれだけ多くのDJI製ドローンが前線に送られるということは、そうした懸念を解消する努力がなされたか、あるいはリスクを上回る効果が認められた、もしくはその両方と考えられるだろう。

いずれにしても、私たちが日常的に入手し、楽しむことのできる製品と同じ民間ドローンが、戦場という非日常の世界においても活躍しているわけである。それはつまり、民間向けドローンという製品を開発することが、間接的にであれ戦争に影響を及ぼす可能性があることを意味する。果たしてそれは倫理的に許容され得るのだろうか?

スイスでの議論

そんな議論が、ドローン研究の中心地のひとつであるスイスで起きている。

この連載でも、何度かスイス発の先端ドローン技術を取り上げてきた。たとえばチューリッヒ大学(UZH)は、2021年に早くも「人間を超える速さでドローンを飛ばせるレース用AI」を開発している。スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)は、前回のVol.63でも「可聴音エコーロケーション」をドローンに応用するという研究を紹介したように、さまざまな角度からドローンの性能を向上させている。

また同校は、「食べられるドローン」のように、ドローンのあり方を一変させるようなアイデアも発信していることで知られる。

しかしそれだけに、こうしたアイデアが倫理に反する形で利用されるのではないかという懸念も強く、それぞれの研究機関のレベルで、検討や対応が行われている。たとえばスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ)は、2015年に早くも「ドローン:技術から政策へ、セキュリティから倫理へ」と題されたシンポジウムを開催し、ドローンが軍事転用される場合の法的・倫理的問題を議論している。

またUZHは他の研究機関や国際機関と共に、2018年から21年にかけて「人道的なドローンの倫理評価フレームワーク(FEAHD:Framework for the Ethics Assessment of Humanitarian Drones)」という共同研究を実施している。これはドローンの人道的利用に向け、倫理的価値をどのように特定・解釈し、開発・運用プロセスに統合するかという問題に取り組むものとなっている。

上に引用したのが、それを通じて完成されたフレームワークだ。ここではドローンの活用方法の検討を5つのプロセス(問題の把握・倫理的正当性の確認・法律上の要件・目的との合致・運用面での対応)に分解し、それを進める上で必要になる要素(考慮すべき価値の把握や環境面の整備など)を整理している。こうした具体的な手順や、答えるべき問いを整理することは、とらえどころのない「倫理」という問題に対して意味のある対応を進める上で、欠かせないものと言えるだろう。

しかしスイスの公共放送局であるSRG SSR(スイス放送協会)は、こうした取り組みが各々の組織のレベルに留まっており、スイス全土での統一的な取り組みとなっていないことを批判している。彼らはEPFLで知的システムの倫理を研究しているMarcello Ienca博士の言葉を引用し、「2020年代には、民間技術と軍事技術の間に明確な線を引くことはもはや不可能」と指摘しているのだが、これはまさにいま民間ドローンで起きている状況と言える。

技術が急速に発展するとき、その倫理面を考えようという声はかき消されてしまうのが常だ。私たちは目を見張るような先端テクノロジーを歓迎する一方で、それが人道的に使用されるかどうか、常に注意していかなければならない。

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