自分の思いに忠実に生き抜いた女性記者 醜聞を暴き、暴かれても屈せず 中平文子という生き方

By 江刺昭子

 統一地方選の神奈川県知事選で黒岩祐治氏が4選を果たした。選挙戦終盤にフジテレビのニュースキャスター時代から約11年間、女性と不倫関係にあったと週刊誌が報じ、前回から得票を約32万票減らし、無効票は12万票以上増えた。「神奈川のプライドを傷つけ申し訳ない」と述べ、万歳も笑顔もない勝利会見だった。

 公人のスキャンダル報道にはその人の人格や倫理観が現れるから、社会的な意義は小さくない。証拠メールが残らない大正時代にも、自分をもてあそんだ男性について暴露記事を書き、自らも攻撃を受けながら、自分の思いに忠実に、屈せずに生き抜いた女性記者がいた。(女性史研究者=江刺昭子、以下敬称略)

中平文子=1950年10月

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 「弱きが故に誤られた私の新聞記者生活」という18ページに及ぶ告白記事が掲載されたのは『中央公論』1916年5月号、筆者は中平文子(1888~1966)である。

 結婚して3児を設けたが、平凡な生活に飽き足らず離婚。政友会系の機関紙「中央新聞」の記者になった。「なでしこ」のペンネームで「婦人記者 化け込み お目見得廻り」を連載した。家政婦などに変装して著名人の家に潜り込み、内情をすっぱ抜く記事で、1年以上も続いた。「中央新聞」の発行部数が伸び、単行本はベストセラーになった。

潜入取材記事は書籍化された

 ところが、中央新聞社重役で政友会の代議士でもあった吉植庄一郎との関係がもとで解雇された。吉植は自分から言い寄っておきながら、社長になるに際し、社内でうわさになっている中平を辞めさせたのだ。

 彼女は承服せず、中央公論の告白記事では、「慰労」と称して吉植と共に出雲方面へ旅行したこと、そのときの口説き文句や手紙、吉植が政友会の領袖(りょうしゅう)たちをこきおろす口ぶりまで、赤裸々に誌上でばらした。

 潜入記者として磨いた筆致はさすがにさえている。しかし、吉植の社会的地位はびくともしなかった。

 中平のほうは仏教学者の高島米峰(べいほう)に「中平文子君に引導を渡す」(『中央公論』1916年7月号)と書かれて「私娼(ししょう)」呼ばわりされるなど、ごうごうたる非難を浴びて、メディアから姿を消した。

 それで終わらないのが中平で、小説を書くつもりで泊まった宿で作家の武林無想庵(たけばやし・むそうあん)と意気投合して結婚。渡仏する夢想庵に同行する。パリで女児が生まれ、娘のために服や帽子の仕立てを習い、1年半後の1922年に帰国したときは資生堂の子供服部門のチーフに招かれるほどの腕前だった。

 関東大震災後、再びパリに渡ったが、無想庵の財産が尽きていたので、日本料理屋の経営に乗り出し、共同経営者の男と深い仲になる。無想庵は後に「コキュの嘆き」を書いて評判になった。「コキュ」はフランス語で「妻を他人に奪われた男」のことである。

 彼女はその後もモンテカルロで情事の相手にピストルで撃たれ「モンテカルロ・スキャンダル」と騒がれるかと思えば、帰国に際し、米ゼネラル・モーターズ(GM)に話をつけて大阪から東京まで振袖姿で銀色のシボレーを運転するなど、自ら新聞ダネを提供している。

シボレーの宣伝役として東海道をドライブして東京入りした中平文子=1931年9月28日(日本電報通信社撮影)

 無想庵と別れて45歳で貿易商と結婚し宮田姓になったのちも、日本と外国を忙しく行き来した。男性遍歴も華やかなら、事業家としても、作家としてもマルチな才能を発揮した陽気で、好奇心旺盛な行動家だった。

 戦前には『女のくせに』『やとな物語』、戦後にも『この女を見よ』『わたしの白書』『スカラベ ツタンカアモンの宝庫』『刺青と割礼と食人種の国』などを出版した。このうち、記者時代のエピソードや探偵稼業に入門したいきさつなどを軽妙に綴った『女のくせに』(やなぎや書房、1916年)が、このたび珍しい形で復刊された。

 発行者は大阪工業大学知的財産学部水野ゼミ。著作権の利活用を研究テーマにして「本を作って、売って、読者をつなぐ」活動を行っており、埋もれた小説を復刊するプロジェクトの1冊に同書が選ばれた。学生が作品を選び、原本からテキストを書き写し、校正、編集、組版、発行、販売までを行っている。

女のくせに

 筆者は著書「女のくせに 草分けの女性新聞記者たち」(インパクト出版会)で、中平の生涯を紹介した。その縁で水野ゼミの学生から届いたメールの一部を紹介する。

 「大正時代にこれほどまでに自由奔放に生きる女性がいることに非常に驚きました。また、中平文子の視点から語られる華やかで混沌とした非日常に、ページを捲る手が止まりませんでした」

 このまま埋もれさせるのはもったいない、もっと多くの人に知ってほしいと、復刊を決意したという。価格は600円。大阪市北区西天満にある「水野ゼミの本屋」やAmazonで取り扱っている。

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