「送還されれば殺される」入管難民法改正案、本当にこのままでいいのか ミャンマー少数民族、日本育ちの外国人や日本人の妻がいる人も対象の恐れ

ディエゴさん(右)と香さん(いずれも仮名)。結婚前から家族ぐるみの付き合いをしていた=東京都内

 国会審議中の入管難民法改正案は、非正規滞在者の強制送還を徹底する内容だ。出入国在留管理庁は「国外退去処分を受けたのに、送還を拒む外国人が多く、入管施設への収容が長期化する原因にもなっている。中には、前科のある人もいる」と強調する。しかし、当事者は「帰らないのではなく、帰れない。日本にいさせてほしい」と訴える。生の声に耳を傾けた。(共同通信編集委員=原真)

「ロヒンギャだというだけで、いとこは殺された」と語るスブハムさん(仮名)=群馬県内

 ▽「捕まって殺される」
 ミャンマー出身で30代の男性スブハムさん(仮名)は2006年、来日して難民認定を申請した。
 イスラム教の少数民族ロヒンギャ。仏教徒が多い母国で差別され、国籍を与えられていない人も多い。大学を卒業しても就職が難しく、「ここにいては何もできない」と日本へ。「サムライの映画を見て憧れていた。日本なら、助けてもらえると思った」。群馬県の自動車部品工場で働き、難民審査の結果を待っていた。
 だが、母国で迫害の恐れがある難民とは認められず、3回目の申請で2022年4月、ようやく認定された。ミャンマー国軍によるロヒンギャ掃討作戦で妻の実家が焼かれ、国軍のクーデターを経て、妻とその両親らが2021年に難民認定された後のことだ。2017年、ロヒンギャ武装勢力による警察・国軍施設襲撃の報復として展開された掃討作戦では、ロヒンギャ70万人以上が隣国バングラデシュに脱出している。
 現行法には、難民申請中は強制送還を停止するとの規定がある。だが入管庁は、日本にとどまりたい人が、この規定を乱用していると主張。改正案には、難民申請を3回以上、繰り返した人は送還可能とする条文を盛り込んだ。スブハムさんが難民認定される前に、改正案が成立していたら、対象になりかねなかった。
 ミャンマーの大都市ヤンゴンに残る両親は「外へ出たら危ない」と自宅にこもっているという。「ロヒンギャは帰ったら、捕まって殺される。本当に困っているから日本に来ている」。スブハムさんは改正案に反対している。

「トルコの小学校ではクルド語を話すと叱られた。日本は安心して暮らせる」と話すロザリンさん(仮名)=埼玉県内

 ▽夢を奪わないで
 「ずっと日本で暮らしていて、トルコでは生きていけない」。トルコ政府に弾圧されてきた少数民族クルド人で、埼玉県在住の10代の女性ロザリンさん(仮名)は強調する。
小学生だった2004年、父の後を追って母ときょうだい4人で来日した。年の離れた弟は、物心つく前に母国を離れたため、日本の生活しか知らない。家族で難民認定を申請したものの、2021年に退けられ、入管施設への収容を一時的に解かれた「仮放免」の状態になった。就労を禁じられて、健康保険に入れず病院にも行きづらい。日本にいる親戚の支援で生活している。
 外国人差別に遭いながら、懸命に勉強し、定時制高校を卒業。奨学金を得て、専門学校に通う。「航空関係の仕事に就きたい。世界中の人とコミュニケーションを取れるから」と前向きだ。
 父は3回目、ロザリンさんらは2回目の難民申請中。「国なき最大の民」と呼ばれるクルド人は、欧米諸国では数多く難民認定されている。これに対し、日本で認定されたトルコ国籍クルド人は昨年、裁判で勝訴した1人だけだ。
 「こんなに頑張っているのに、夢を奪うなんて、あり得ない」。ロザリンさんは、人道的配慮などから日本滞在が容認される「在留特別許可(在特)」に望みをつなぐ。在日クルド人の子どもたちのためにも、在特を得て、好きな仕事に就くことができるということを示したいと考えている。

「在留特別許可を得て初めて普通の暮らしができる」と話すナオミさん(左)とナビーンさん=東京都内

 ▽実子いなくても家族
 スリランカ人のナビーンさん(42)は父の反政府運動を手伝っていて、何者かに襲われ、2004年に留学の形で日本に逃れた。ところが、通っていた日本語学校が破産して在留資格を失い、計約1年半、収容された。
日本人のナオミさん(50)と長く交際して、2016年に結婚し、埼玉県に住む。それでも在特を得られないまま、仮放免が続く。先が見えず、うつ病になり、自殺を図ったこともある。
 「働けない。(入管庁の許可なく)県外に行けない。いつまた収容され、送還されるか分からない。入管は私たちを人間扱いしていない」と嘆く。
 日本人の配偶者でも、実子がいないと、入管はなかなか在特を出さない。「私は年齢的に子どもを生めない。夫は私の息子と母とも仲が良く、4人で暮らしている。家族の在り方は多様で、入管が決めることではない」とナオミさん。
 「夫は、日本は素晴らしい国だと思っている。そんな人に、住んで働いて税金を払ってもらえば、日本社会が豊かになる。夫は犯罪者ではないし、国にも迷惑はかけない」
改正法案には、強制送還にあらがった外国人への刑事罰も盛り込まれている。ナオミさんは「精神的に追い詰めて、無理やり帰そうとしている」と批判する。「夫はオーバーステイでルールを破ったが、十分反省している。私にとっては、かけがえのない人。失うわけにはいかない」
 ナビーンさんは在特などを求めて2022年、国を相手に裁判を起こした。家族が共同生活をする権利を侵害されたとして、ナオミさんも原告に名を連ねている。「在留資格を得られるまで、あきらめない」。ナオミさんの決意は固い。

国会前で入管難民法改正案に反対の声を上げる人たち=4月28日

 ▽刑期終えたら収容
 コロンビア国籍のディエゴさん(46)=仮名=は1990年、13歳の時に来日した。母はコロンビア人、継父は日本人。埼玉県の中学、高校に通った。
 電気工事の仕事をしていた2004年、強盗傷害事件を起こした知人を車に乗せ、共犯として懲役13年の刑を受ける。「犯罪をしたくてしたんじゃない。でも、両親のもとに帰りたいと、刑務所での作業を頑張った」。刑期満了前に仮釈放が決まった。
 ところが、そのまま入管施設に収容され、日本人の子としての在留資格を失い、国外退去処分を受けた。「同じ法務省が『更生の意欲』を認めて仮釈放したのに、入管は『犯罪者だから駄目』と。パニックになった」。体調を崩し、約10カ月後の16年、仮放免に。
 旧知の香さん(48)=仮名=と結婚しても、在留特別許可は出なかった。「住民票もなく、存在しないみたい。追い込まれるような感覚しかなくて」。重度のうつ病と診断され、自殺未遂も。
 改正案が成立すると、ディエゴさんは国外退去に応じないとして新たな刑罰を科され、結果として刑務所へ、また入管施設へ、と収容が繰り返される可能性もある。
 「入管は『帰れ』と言うが、行く場所がない。父母も妻も日本にいる。コロンビアで、どうすればいいか分からない」とディエゴさん。香さんも「罪を償ったのに、二重の刑罰になる。彼は10代から働いて、両親を助けてきた。真面目な人です」と訴える。近く、国外退去処分の取り消しや在留特別許可を求めて裁判を起こすつもりだ。
 在日外国人が急増しているのと比べれば、外国人による犯罪は増えていない。一方、法務省は再犯防止のため、刑務所出所者の社会復帰を支援している。ディエゴさんの代理人の浦城知子弁護士は「子どもの頃から日本で生活してきた人は、国籍にかかわらず、日本社会が受け入れるべきだ」と話している。

 ▽改正案の柱
 入管難民法改正案は、次の4点が柱だ。
(1)難民認定申請中は強制送還しないとの現行法の規定が乱用されているため、申請を3回以上重ねた人や、3年以上の実刑に処せられた人は送還できるようにする。
(2)国外退去処分後、帰国に必要な旅券の申請を命じられても従わなかったり、送還の機内で暴れて退去しなかったりした場合、1年以下の懲役などの罰則を新設する。
(3)収容に代わる「監理措置」を導入し、入管庁が「相当と認めるとき」に限り、親族や支援者が見張ることを条件に、社会生活を認める。
(4)手続きが明確でなかった在留特別許可を申請制とする。ただし、国外退去処分後は申請できず、退去処分前でも1年超の実刑を受けた人は原則として除外される。
政府は2021年の通常国会に改正案を提出したが、名古屋出入国在留管理局で収容中のスリランカ人女性が死亡し、世論の反対が強まって廃案になった。今年3月、ほぼ同様の法案を再提出した。
 入管庁は、強制送還を拒む非正規滞在者が2021年末で3224人いて、その約35%は前科があると指摘する。超過滞在など入管難民法違反も多いが、殺人や強盗といった重罪を犯した人もいる。

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