暴力と紙一重。サッカー界で「最も汚かった」7名の選手

このところVARが発達してきたことにより、サッカー界からは「ダーティな選手」が生まれなくなってきている。

レフェリーが見ていないところでこっそりと挑発やズルい行為をし、それを使うことによって自分が有利な方へと導こうとする。そんなプレーはもはやVARで見破られてしまう。

今回は『Planet Football』から、そんなVAR以前に生きていた「サッカー界で最もダーティだった選手たち」をご紹介する。

ペペ

所属したクラブ:FCポルト、レアル・マドリーなど

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レアル・マドリーで長くプレーし、数多くの対戦相手を恐怖に陥れてきたペペ。セルヒオ・ラモスとのコンビはまさに世界最強、世界最恐のセンターバックであった。そのプレースタイルもあって多くのサッカーファンに憎まれる存在であるが、そのえげつなさを勝利に結びつける技術は誰にも真似できないものである。

マルコ・マテラッツィ

所属したクラブ:エヴァートン、ペルージャ、インテルなど

荒っぽいプレーや挑発的な振る舞いが武器の一つであったマルコ・マテラッツィ。イタリア代表の一員として臨んだ2006年ワールドカップではジネディーヌ・ジダンに暴言を吐き、頭突きを受け、退場に追い込んだ。ある意味ではイタリアの優勝に貢献した選手だが、そのために多くのヘイトを集めた。その一方でときにお茶目な姿も見せ、まさに「イタリアの伊達男」であった。

セルヒオ・ラモス

所属したクラブ:セビージャ、レアル・マドリー、PSG

ペペとともに恐怖のセンターバックコンビを形成したセルヒオ・ラモス。相手が嫌がるプレーをさせれば世界最高の選手であり、そして相手が嫌がるところでゴールを決めるという存在でもあった。悪辣な振る舞いを勝利のために使うことを厭わなかった。その魂はまさに「闘将」そのもの。

チアゴ・モッタ

所属したクラブ:バルセロナ、インテル、PSGなど

モッタはバルセロナでデビューしたとき、暴れん坊のようなプレースタイルで戦っていた。歳を重ねるごとにテクニカルな性質を高めていったものの、ときに見せる汚いプレーには「らしさ」を感じられたはずだ。彼ほどに汚さとエレガントさを兼ね備えた選手はいなかった。

デイヴィッド・バッティ

所属したクラブ:リーズ、ブラックバーン、ニューカッスル

プレミアリーグには多くの暴れん坊がいたが、その中でも最も激しい男だった。壊し屋、削り屋、ハードマーカー。とにかく対戦相手を潰すことだけを強みとして戦い続け、2004年に引退後はサッカー界から完全に姿を消した。今やチームメイトすらも連絡を取れないという。まさに「職人」そのものである。

マルク・ファン・ボメル

所属したクラブ:PSV、バルセロナ、バイエルンなど

2000年代のサッカー界最高のクラッシャー。彼に背中を向ければすかさず激しいタックルをかましてくる。足を狙ったとしか思えないようなスライディングも含め、数多くの選手から恐れられた。とにかく味方にすれば頼もしい、そして敵なら最も恐ろしい人物であった。

ジエゴ・コスタ

所属したクラブ:アトレティコ・マドリー、チェルシーなど

勝つためにならば何でもする選手のなかでもジエゴ・コスタはあらゆる手段を使ってきた男だ。ルイス・スアレスらと同じように、対戦相手を挑発し、そして時には自分のほうが退場する。そのようなスタイルで多くの敵を作ってきた。愛すべきファイターである。

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