1000億円の男になった配管工…ド直球ファンムービー 『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』

はじめに

2023年も3分の1を過ぎようとしています。GWがやってまいりました。日々の疲れを取りながら、今年のGWこそは映画に浸りましょう。GWにオススメの映画・ドラマを雑談的に紹介すると言いながら、ほとんど“『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』が割と良かったよと”いうお話でございます。よろしくお願い致します。

『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』

言わずと知れた『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』。「怪盗グルー」シリーズ、ミニオンでお馴染みのイルミネーション・エンターテインメントの3DCGアニメが、今年の特大ヒット。世界ではすでに興行収入1000億円を突破している、歴史的ロケットヒットの作品でございます。イルミネーションの作品では、『ミニオンズ』とか『ミニオン大脱走』とか、興行収入10億ドルを超える作品が沢山ありましたから、“何を騒いでいるのか”“いつも通りイルミネーションの作品がヒットしているだけでしょう”と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、本作は、そのイルミネーションと、日本の任天堂の共同製作/制作映画です。制作から任天堂が絡み、スーパーマリオの“生みの親”こと宮本茂さんが共同製作者に名を連ねている、多国籍、日米合同映画が大ヒットということで盛り上がっている訳です。

宮本さんのインタビューを見ると、「泡の数が少ない!」と画面上に出てくる泡の数まで指摘をして修正したとの事ですから、ここまで権利元が映画に絡めた座組み自体が快挙と言っても良いかもしれません。すでにアメリカではヒット分析がされています。昨今、大衆娯楽作品が「子供も大人も楽しめる」の「大人」を重視しすぎて物語が複雑化、それに伴い上映時間も長くなる、娯楽作品で2時間超えるのが当たり前になっている。そんな中、任天堂ファンを巻き込みながら、シンプルな物語で90分程度の短い上映時間の「キッズが楽しめる作品」が市場と大きくマッチしたというものです。

イルミネーションのアニメ作品は、毎回、題材やテーマ変え、アニメ表現を開拓してきたディズニーやピクサーとは異なり、物語はあってないようなものです。もちろん強固なキャラクター、しっかり主人公の成長が描かれる『怪盗グルーの月泥棒 3D』とか『SING/シング』と言った例外はありますが、それ以外は物語を極力シンプルにして全編をドタバタコメディ、スラップスティックコメディで統一して、物語ではなく登場キャラクターIPの魅力を押し出すものでした。

このシンプルな物語、キャラクターを押し出すイルミネーションの作風と、まさしく子供から大人まで、ゲーム苦手な人でも楽しめる参入障壁が低い、左から右に進むだけと言えばだけの、一見簡単だけど奥深い「スーパーマリオ」のゲーム性との親和性がとても高かった結果の本作のように思います。他のアニメスタジオでは成し得なかったように思う本作のシンプルさ。

ちなみにアメリカで本作が公開された直後、批評家の批評と一般観客の評価を数値化してまとめるRotten Tomatoesというサイトを引き合いに出して、“これだけ批評家と一般観客との評価の差が開いているのは珍しい!”、やれ社会的メッセージが、やれポリティカル・コレクトネスがどーたらこーたらという言説が拡散されていましたが、普段から洋画とかお詳しい方はご存知の通り、よくある事ですよね。

大衆娯楽作では、特にファンでははい批評家の評価の一方、IPのファンが観客として観に行って映画を評価する訳で、この差はあるあるなんですね。特に物語を重視しないイルミネーションのドタバタコメディの批評家評価はいつも「普通やや低め」くらいに落ち着いている。社会的メッセージとかは関係ない。じゃああれだけ多人種キャストだった『エターナルズ』がMCU最低評価だったのは何だったんだというお話で、こういう風に作り手の意図とは外れた部分で、自分の思想を言うために作品が利用される様は観ていて悲しいですが…最近はこういう当たり前の事もしっかり言っていかないといけないという…お話逸れました。

僕も1年に何十回も「今度、子供と映画見に行くんだけどオススメの映画ある?」と聞かれますが、この4月は『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』で即答でした。本作ほどシンプルに勧めやすい作品はないという。お子さんお持ちの方ぜひこのGWにいかがでしょうか。我々世代の任天堂、マリオで幼少期、青春を過ごした方には、お年玉のような、青春時代へのラブレター的ファンムービーでもあります。

物語少し説明しましょう。舞台は現実世界のニューヨーク・移民の街ブルックリン。そこでイタリア系アメリカ人移民で、家族と暮らす配管工のマリオとルイージ。ブルックリンではダメダメ兄弟と言われている彼ら、ブルックリンの下水道から繋がる異世界に、ゲームの世界に行くという…「スーパーマリオ」を映画にするにあたって、それこそ漫画の「スーパーマリオくん」みたいにゲームの世界自体を基準の世界観にするという解釈もアリだと思うんですが、本作では我々と同じ現実世界を基準にした「異世界モノ」にしている、と。

同じと言っても厳密にはどうやら「スーパーマリオ」というゲームだけがない世界ですかね、他の任天堂のゲームはあるんですよ、マリオが「パルテナの鏡」をプレイしていたり、テレビの上に「スターフォックス」のアーウィンのフィギュアがあったり、マリオの部屋のポスターが任天堂のゲームだったり、ダイナーで今回サプライズ出演されているゲームのマリオ声優のチャールズ・マーティネーさんがやっている「ドンキーコング」っぽいアーケードゲームが、実は「ドンキーコング」ではないみたいとか、そんな「スーパーマリオ」だけがない現実世界から異世界に行く。

これ最近の実写版『モンスターハンター』と奇しくも同じ、何なら「スーパーマリオ」映画化1回目、今やカルト映画している1993年の『スーパーマリオ/魔界帝国の女神』と同じ設定にしているという。一般的には失敗作と言われている1回目の映画化のリベンジとも言える「異世界モノ」が本作です。

そこからは物語はあってないようなものと味は極めて薄い主人公の成長譚。どちらかと言うと、先ほど言ったような任天堂イースターエッグから始まり、ゲームネタを詰め込むだけ詰め込んだ我々世代にとってはご褒美のようなファンムービーを突き進んで行きます。マリオカートのドリフトの色、紫ターボから、レインボーロードのショートカートまで。特にドンキーコングネタ。DKラップに始まり、ちょっとスーファミ、64世代の自分には、“ここまでやっていいの”的な、知らない観客が心配なるほどに堪らないネタの数々だったと思います。

本作、任天堂が共同制作に入っただけあり、今までの「ゲーム映画化」に見られないほどゲームネタが多い。原作ゲームに忠実だと思いますが、唯一、大きな改変だなと思ったのがピーチ姫のキャラ造形ですね。ピーチと言えば「ザ・囚われの姫」クッパに攫われた姫をマリオが救う、いわゆる英語だと「ダムゼル・イン・ディストレス」といわゆる典型的なプリンセス観ですが、これを改変して、クッパはピーチではなくルイージを攫う、そのピーチはと言うとマリオの師匠、メンター的な役割になっている、ほとんど「スーパーマリオUSA」というか「大乱闘DX」くらい強いピーチ姫に再解釈されています。

このプリンセス観はイルミネーションっぽくないというか、ディズニーっぽい解釈ですよね。『モアナと伝説の海』以降の現代的プリンセス観ですね。これをもって批判されている方もいるみたいですが、監督のアーロン・ホーバスのインタビューを見ると、絶対にマリオがピーチを救うゲームと同じ展開にはしたくなかったと仰っています。作り手の思いが反映された実は現代ディズニープリンセス的な解釈に基づいている「強い女性」的ピーチ姫になっています。

しかも演じるのがアニャ・テイラー=ジョイですからね。『ウィッチ』から始まって『クイーンズ・ギャンビット』、今度は『マッドマックス 怒りのデスロード』フィリオサ単独作のフュリオサ役ですから、まさしくフェミニズムシンボルというか、女性解放、強い女性ばかりを演じてきたアニャ・テイラー=ジョイ=ピーチ姫、今回の「大乱闘DX」ピーチには最高のキャスティングだったと思います。マスコミ試写が吹き替えしかなかったので、字幕版も実費で観に行きましたが、字幕版、アニャ・テイラー=ジョイ=ピーチ良かったですよ。

最も僕が本作で鳥肌だったのが何より何より音楽でしたね。そこまで自分はゲーマーではないというか、マリオのゲーム全部やってないですからゲーマーとは口が裂けても言えませんけど、やっぱり小さい頃にやっていたゲームの音楽は体に染み付いていますね。本作最も魅力なのは音楽だと思います。冒頭『キル・ビル』の「ヤッチマイナー!」から始まり、子供を映画館に連れてきた親世代を狙い撃つような懐メロ選曲もありましたが、劇伴はほとんど既存のゲーム音楽を映画版にアレンジしたもので、シーンが変わるごとにそれが流れる、これにはゲーム音楽が染み付いた体が一々、反応してずっと鳥肌でした。見事なサントラ。

僕は、「大乱闘」シリーズで既存のゲーム曲がオーケストラ等でアレンジ、編曲される、その編曲ゲームBGMが大好きで新作出るたびにずっとそのアレンジを作業用に聞いてしまうんですが、その体験に近い。良いアレンジを映画館の良い音響環境で体験できるという、それだけでもゲームで育った世代には劇場鑑賞の価値があると思います。このGWファミリーで映画館行きたい方はもちろん。良いサントラ、何気ない3Dアクションが横スクロール的画角になる瞬間の快感、逆に横スクロールアクションが立体的な3Dアクションになる快感、「スーパーマリオ」で育った世代はぜひご堪能『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』でした。

『BEEF/ビーフ』

GW混んでるから外に出たくないという方、Netflixで配信中のドラマ『BEEF/ビーフ』はいかがでしょうか。ドラマ『マンダロリアン』シーズン3が終わり、『サクセッション』『メディア王』最終シーズンが毎週ドラマ史を更新する中、最もお手軽に見られる優れた海外ドラマは本作です。全話30分前後で全10話ドラマ『BEEF/ビーフ』。後述しますがMCUファンは必見のドラマです。

今思えば事の発端は些細なものでした。ホームセンターの駐車場でトラブルになった主人公2人、イライライライラと余裕の無い彼らは煽り合い、カーチェイスかと思うほどの暴走運転をする。この今思えば些細な煽り運転を発端に、2人の『BEEF』揉め事は友人、家族を巻き込んでいく、バイオレンスの雪だるま式に膨れ上がっていく。コーエン兄弟的バイオレンスなブラックコメディを想起しながら、このドラマは韓国系、ベトナム系移民2世である主人公たちの個人史、移民の歴史、家族史まで射程を広げていきます。

今年、移民1世の主人公・親と2世の子供の確執を描いたA24の「エブエブ」が話題になっていますが、同じくA24製作は子供目線の視点からアジア系移民の物語を描いています。最初はTwitterのレスバを外野から見ているように、彼らの不毛なやり取りを側から見ていると、いつの間にやら銃口はその外野である視聴者に向けられます。同じアジア系でも浮き彫りになる貧富の差、対比される倦怠期夫婦と関係性にヒビが入っている兄弟、本作は「あなたの人生の物語」を力強く描く普遍的なヒューマンドラマへと昇華されていきます。

本作のクリエイターは主人公と同じく韓国系のイ・サンジン、監督には日本のHIKARIさんも名を連ねていますが、メイン監督はMCU新作『サンダーボルツ』の監督を務めるジェイク・シュライアーで、この『サンダーボルツ』の脚本に本作のクリエイター=イ・サンジンが参加する事が発表されました。『サンダーボルツ』の監督・脚本コンビの作品ということで、MCUファンは必見のドラマでしょう。

「鳥は歌わず、痛みにうめく」。一見、軽やかに鳴いている鳥も心の傷にじっと耐えてうめいているだけだった、「光の形」光の姿ではなく自分の心の闇を意識することによって人は成長する事ができる、どんなに憎んでいる相手でも、その心の闇を受け入れることで対話をする事ができる。相手のTLを肯定し、相手の人生の美しさを知る事の尊さを高らかに謳う、ブラックで美しいドラマ『BEEF/ビーフ』もぜひこのGWにご覧になってみて下さい。

『SMILE/スマイル』

昨年アメリカで大ヒット、不気味すぎる宣伝が話題になったホラー映画『SMILE/スマイル』も、ようやく配信レンタルで観られるようになりました。自分は「人ではないものを見た」と言って、目の前で顔を切って死んだ患者から“何か”をうつされた主人公。その日から自分を見て不気味に笑っている「人ではないもの」から追われることになる。『イット・フォローズ』を想起する、その呪いの正体を探る暗黒笑顔版『リング』的な『SMILE/スマイル』も傑作とまでは言いませんが、サービス満載なジャンプスケアマシマシのホラー演出に加え、自分にしかその「何か」が見えない主人公の孤立を強調する異常なほどの左右対称なカット割、超俯瞰カメラワークには唸らせられる秀作、良作と言っても良い。ホラー映画をこのGWに観たい方にはオススメです。

小規模公開作品

小規模公開作ですが『EO イーオー』(5/5公開)、『せかいのおきく』(公開中)は必見の作品です。今年のアカデミー賞の裏テーマは「ロバ」。『イニシェリン島の精霊』『ナワリヌイ』何かとロバが活躍したアカデミー賞でしたが、ロマ映画史上最もロバだったのは本作『EO イーオー』。ロバを主人公、主“ロバ”公にしたロベール・ブレッソンの『バルタザールどこへ行く』をインスピレーション元にした動物主役の人間ドラマは、トッドソロンズの『子犬物語』が記憶に新しいですが、本作はより動物の主観で見た人間ドラマを研ぎ澄ませて、アヴァンギャルドで実験的な映像集のような仕上がりになっています。流石、イエジー・スコリモフスキは映像がカッコいいし、全く衰えていないという、自身の亡命体験をロバに落とし込んだような巨匠の集大成になっています。

『せかいのおきく』は今年観た邦画で最も優れていた作品でした。江戸時代末期を舞台に、「下肥買い」という人間の排泄物でお金を稼ぐ二人を軸に描く、特殊なお仕事ムービー。阪本順治監督作としては『大鹿村騒動記』『団地』に連なるドタバタ喜劇として優れていました。まさしく“糞”みたいな題材ですが、笑って最後には感動できる素晴らしい一本でした。

【作品情報】
『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』
全国公開中
配給:東宝東和
©︎2023 Nintendo and Universal Studios

『オオカミ狩り』
2023年4月7日(金)新宿バルト9ほか全国公開
配給:クロックワークス
© 2022 THE CONTENTS ON & CONTENTS G & CHEUM FILM CO.,LTD. All Rights Reserved.

『BEEF/ビーフ』
Netflixにて配信中

『SMILE/スマイル』
レンタル配信中

『EO イーオー』
2023年5月5日(金)公開
配給:ファインフィルムズ
© 2022 Skopia Film, Alien Films, Warmia-Masuria Film Fund/Centre for Education and Cultural Initiatives in Olsztyn, Podkarpackie Regional Film Fund, Strefa Kultury Wrocław, Polwell, Moderator Inwestycje, Veilo ALL RIGHTS RESERVED

『せかいのおきく』
2023年4月28日公開
配給:ファインフィルムズ


茶一郎
最新映画を中心に映画の感想・解説動画をYouTubeに投稿している映画レビュアー

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