「お前が寝ないなら、俺も寝ない」ARTA土屋圭市氏の献身。SFの衝撃的クラッシュを経て、GTで組む野尻と大湯のその後

 まだまだ記憶に新しい、スーパーフォーミュラ(SF)第3戦鈴鹿での大湯都史樹と野尻智紀の衝撃的なクラッシュ。SFではライバルだが、スーパーGTではふたりは8号車ARTA MUGEN NSX-GTのチームメイト。そのスーパーフォーミュラ第3戦から約10日を経て、どのような心境でスーパーGT第2戦の富士を迎えたのか。ふたりのコメントと共に、ふたりの心境を代弁し、サポートする8号車の土屋圭市エグゼクティブアドバイザーにも聞いた。

 スーパーGT開幕戦ではシャシー/モノコック交換で5秒ストップのペナルティを受け、5周目には最後尾まで下がりながら雨の波乱の展開で3位表彰台を獲得した8号車ARTA MUGEN NSX-GTの野尻智紀と大湯都史樹。しかし、その翌週に行われたスーパーフォーミュラ第3戦鈴鹿のレースで上位を争っていたふたりはS字で接触してそのままタイヤバリアにクラッシュ。マシンを降りてすぐに野尻は大湯に謝罪したが、後味の良くないまま、このスーパーGT第2戦富士を迎えることになった。

「その後の進捗は特にはないですね」

 スーパーGT富士の搬入日、野尻にその後のふたりについて聞いたが、スーパーフォーミュラのレースを終えた後、ふたりがサーキット外で話をすることはなかったようだ。だが、そこには野尻なりの考えがあった。

「基本的に僕らはサーキットで起こったことはサーキットで解決したいと思っていますし、そういう意味でもサーキットが、初めて僕たちの関係性の時(とき)を進めさせるというか、進めさせてくれるのはサーキットでしかないので」

 レーシングドライバーの宿命というべきか、仕事上の問題は仕事場で解決するのが野尻の流儀だ。

「やっぱりGTではチームメイトというところで、いろいろ危惧する声もあるでしょうし、そういったことを含めて何かアクションを起こすにしてもやっぱりサーキットじゃないと。外で起こしたところで何かが変わるわけではないし、状況が良くなっていくのはサーキットという場所でしかないから、今週末のイベントの中でと思っています」

野尻智紀(8号車ARTA MUGEN NSX-GT)

 一方の大湯もまた、改めて野尻個人に対しての思いはないことを強調しつつも、心の内面ではまだまだ、スッキリとはしていないようだ。

「今週末のGTに対しての気持ちは大丈夫です」

 大湯はSF鈴鹿が終わった数日後、SNSを更新した。横浜の夜景をバックに、愛車のS2000と対峙する写真をアップし、『車のストレスは車で治すしか僕は知りません』とのコメントを残した。

「あの時は、みなとみらいとか大黒埠頭とかをぶらぶら走っていました。気分転換という感じで」と、大湯。

 では、気分転換ができた大湯はもう、SFのクラッシュのショックから立ち直ったと言っていいのだろうか。

「う〜ん、ムズいっすね。立ち直ると言うか、気持ちだけで言ったら、気持ち……いや、日本語の表現が難しいですね。今回のGTに対しての気持ちの切り替えはできているし、今週、全力でやると言うことは変わらないのですが、頭の片隅にというか、ああいうことがあったと言う事実は残っていますよね」

「もちろん、記憶としてもそうですし、今シーズンやっていて、たぶんなくなることはない。それだけ大事なレースだったんですよ。それがなくなってしまった。ゼロで終わってしまったと言う事実は残っていますよね。でも、今日に関しては切り替わっていますし、野尻選手に対してどうこうはもう、というかそもそもないです。レースをしていたらそんなことはいくらでもあることだと思っているので。いろいろ賛否両論ありますけど、僕としてはミスがないパーフェクトなレースができていたと思っていますし、そのまま完遂できていたら優勝できていたと思っています。だからこそ……悔しいというか……残念という言葉とも違う、結果が残っていないという事実だけが残っている」

 いまだに、SFに関しては悶々とした感情が残る大湯。その大湯、そして野尻を人一倍心配していたのが、8号車のエグゼクティブアドバイザーを務めている土屋圭市氏だった。

大湯都史樹(8号車ARTA MUGEN NSX-GT)

「あの日は僕、結構、家に帰るのが遅かったんですけど、僕が家に着くまで気にかけていてくれました」。大湯を気遣う土屋アドバイザー

「あの日にふたりにメールして、やり取りをして、次の日も大湯にメールをして、やり取りをして。スーパーGTとスーパーフォーミュラでジャンルは違うけど、やっぱりウチのドライバーだから。やっぱりドライバーの気持ちはわかるしね」と、SF第3戦鈴鹿の決勝日を振り返る土屋圭市エグゼクティブアドバイザー。

 土屋アドバイザーにとって、特に大湯はレース以外でもYoutubeや自動車媒体などでの共演が多く、愛弟子のような存在になっている。

「大湯はやっぱりひと晩、酒飲んで『こんちくしょー!』って、大湯にとっては『ふざけんじゃねえよ』って思うけど『だけど相手は野尻さんだし』って感情をぶつけることはできない。『どこにぶつけりゃいいんだよ』って。今までのあいつの行動をよく知っているから、酒飲んで大声出して終わり(苦笑)。あいつのツイート見ていたら、やっぱり、大黒(埠頭)にいるか、みたいな。そうやって自分の感情をぶつける相手もいない、ぶつける相手も見つからない、どこにぶつけりゃいいんだというのをS2000で夜、走り回ってなんとか気を紛らわせる」

「野尻は野尻で自分がやられたこともあるから、大湯の心の痛さも分かっているし、あの瞬間に肩を叩いて『ごめんな。申し訳ない』って言うことしかできないことを野尻は分かっている。大湯も野尻のことを分かっているから怒れない。その吐口は大湯はその日に酒を飲んで、次の日に大黒埠頭で走り回って帰る、みたいなさ。今回のGTでのやりづらさはないと思いますよ」

 そう笑顔で話す土屋アドバイザーだが、SFでクラッシュした当日は大湯のことを心から心配していたようだ。大湯が話す。

「あの日は僕、結構、家に帰るのが遅かったんですよ。サーキットを出るのが遅かったですし、自走で帰りましたし、(都内の)自宅に着いたのは結構、夜遅かったのですけど、僕が家に着くまで気にかけていてくれました。『お前が寝ないなら、俺も寝ない。いつまでも起きててやる』みたいな感じで、僕のことを気にかけていてくれて。それはすごくうれしかったですね」

 土屋アドバイザーの他にも、大湯を気遣う関係者からの連絡は続いた。

「日曜日が終わってからも、僕のことを気遣ってくれる方がたくさんいてくれましたし、それ自体、すごく励みになりました。ですので、GTに対してとか、野尻さんにとかは別に何も(悪い感情は)ありません。GTは特に何度も優勝できるカテゴリーではないので、自分のやるべきことをしっかりやって結果を残してポイントを稼ぐことに集中したいと思います」

 と、今週のGT第2戦の抱負を語る大湯。だが……。

「でも、今はGTのことのみ考えて集中していますけど、SFのことを考えると現実が今もなお……残っている状況です。それだけ大事なレースでしたし、チームとしても結構なクラッシュになってしまったので……それを直すのもタダではないので、重い現実があります」

 複雑な感情を含んだまま迎える8号車ARTA MUGEN NSX-GTとドライバー、そして土屋圭市アドバイザー。今回の第2戦が何かの転機になるかどうか、早くも今季の8号車の岐路となりそうだ。

今年からGT500で2台体制で参戦しているARTA MUGEN NSX-GTの土屋圭市エグゼクティブアドバイザー。

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