岸田文雄首相は韓国を訪れ、尹錫悦(ユンソンニョル)大統領と会談した。
首相の訪韓は就任後初めてで、2国間会談のために日本の首相が赴くのは2011年以来、12年ぶりだ。
関係正常化で合意した3月の尹氏の来日から間を置かないタイミングである。首脳同士の相互訪問「シャトル外交」が本格的に再開された意義は大きい。対話を重ね、協力関係を強固なものとしていきたい。
会談で岸田氏は、「植民地支配への反省とおわび」を明記した1998年の日韓共同宣言に触れ、政府の立場は揺るがないとした。その上で、元徴用工問題に関し「大変苦しい、悲しい思いをされたことに心が痛む思いだ」と述べた。
岸田氏が歴史認識問題について、3月の首脳会談時にはなかった「私自身の思い」として言及したのは、一歩踏み込んだと言える。
念頭にあるのは、韓国国内の厳しい世論だろう。
日韓関係は、2018年に韓国最高裁が元徴用工訴訟で日本企業に賠償を命じた確定判決を出したのを機に、「戦後最悪」と言われるまで冷え込んだ。
3月、韓国政府傘下の財団が賠償を肩代わりする解決策を、尹氏が決断した。先月行われた米韓首脳会談では、日韓の関係改善を求めていたバイデン大統領は、尹氏を高く評価した。
ただ、韓国国内では日本側の主張に沿った解決策に対する批判は根強く、尹政権の支持率は低迷している。
世論の反発で迷走した韓国政府の過去も踏まえ、岸田氏の発言は、来年4月に総選挙を控える尹氏の決断に応え、後押しする狙いがあるのだろう。
会談では、東京電力福島第1原発の処理水海洋放出計画に関し、韓国の専門家らによる視察団の現地派遣で合意した。
また、19日開幕の先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)に合わせた尹氏の訪日時には、広島市の平和記念公園にある「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」を共に訪れることでも一致した。
両国間に横たわる懸案事項は広く、根深い。こうした取り組みを通じて、地道に不信感や不安を拭いつつ、建設的な日韓関係を築く努力を続けていかねばならない。
3月の日韓首脳会談以降、外務、防衛当局の局長らによる日韓安全保障対話や財務相会談などが相次ぎ開かれ、安全保障や経済分野での正常化の動きは急速に進んでいる。
今回の会談では、日韓企業の間で半導体のサプライチェーン(供給網)構築へ連携することも申し合わせた。
北朝鮮の核・ミサイル開発の加速や、中国の軍事力拡大など、東アジア情勢は不透明さを増している。広島サミットを含め、日韓の連携強化をさらに加速させたい。