<社説>被告人GPS装着 人権配慮し慎重な対応を

 保釈された刑事被告人の海外逃亡を防ぐため、裁判所が衛星利用測位システム(GPS)端末の装着を命令できる改正刑事訴訟法が参院本会議で可決、成立した。「人質司法」と批判されている長期勾留が解消されるとの見方もあるが、保釈拡大につながるかどうかは現段階で不透明だ。 被告の負担が重くなり、人権侵害の可能性も指摘されている。国外への逃亡防止と人権保護の両方の観点から、慎重な対応を求めたい。

 GPS装着命令は、海外に拠点がある企業の幹部など、海外逃亡の恐れがある被告が対象だ。裁判所が立ち入りを禁じた空港周辺などの区域に入ったり、端末を外したりした場合、位置情報を検知して身柄を拘束し、1年以下の拘禁刑(懲役・禁錮に代わる刑)を科す。公判への「不出頭罪」や「制限住居離脱罪」も新設され、違反すれば「2年以下の拘禁刑となる。「被告負担のみが増大し、バランスを欠く」との批判がある。

 GPS装着の必要性が議論されたきっかけは、2019年に発生した元日産自動車会長カルロス・ゴーン被告(69)の国外逃亡だ。多額の保釈金を没収されても日本の司法システムから逃れたことで、米国やカナダのように保釈中の被告にGPS装着を求める声が国内で高まった。

 GPS導入を巡る法制審議会(法相の諮問機関)の議論では導入自体に反対はなく、対象範囲が焦点となった。保釈率が上がるなら被告のメリットは大きく、海外逃亡に限定した対象を広くすべきだという意見とプライバシー侵害の観点から対象を狭めるべきだとの意見が対立した。

 しかし、まず問われるべきは「人質司法」の弊害である。日本では被告人が罪を認めない限り、長期勾留が続く実態がある。本来ならば、有罪判決の確定までは無罪推定が原則のはずだ。物的証拠の積み重ねではなく、自白に偏った捜査の在り方もかねて問題視されてきた。

 長期勾留での取り調べで自白を強要されたとされる事案は枚挙にいとまがない。GPS導入の是非だけではなく「人質司法」と呼ばれる長期勾留の常態化を改める議論を重ねなければならない。

 日弁連は「身体拘束の代替措置は、従前と比較すれば大幅に拡充されることとなる」と期待感を表明する。その一方で「わが国の勾留・保釈の運用は、日々深刻な人権侵害を生じさせており、これを改めるのが喫緊の課題である」と指摘した。

 裁判所は、原則として逃亡や証拠隠滅の恐れのある場合にのみ勾留を認めることができる。過剰な身体拘束を続け

る現状こそ是正されるべきだ。

 公布から5年以内の2028年までに開始されるこの制度で、行き過ぎたGPS装着による行動監視が新たな人権問題を巻き起こす恐れもある。人権を考慮した議論に徹してほしい。

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