デジタル・ヒストリー、歴史への新たな視座に向けて

同志社大学は、2005年に「データサイエンス」を用いて人間の営みとしての「文化」を研究する“文化情報学部を設立。理系・文系のさまざまな科目を、偏りなく横断的に学ぶ文理融合型の学びで、「総合知」の創出をめざしている。

そもそもデータサイエンスとは、統計学や情報学などの知識を活用し、データから新たな価値を引き出す学問。研究対象となるデータが加速度的に増加し、さまざまな分野と連携して発展しているという特性を活かし、同学部ではデータサイエンスと哲学、歴史やサブカルチャー、ファッション、メディア、認知、心理、教育、言語など、多様な文化的諸相と結びつけることによって、学問としてのデータサイエンスを発展させ、人間の理解を追求してきた。

今回は、その中で「歴史文化情報入門」「歴史文化情報概説」を担当されているデジタル・ヒストリー研究室のラポー ガエタン准教授に、詳しくお話をうかがった。

デジタル時代の歴史学の学び方

ここ数年、デジタル技術を活用した人文学の研究として、「デジタル・ヒューマニティーズ(人文情報学)」という研究領域が広がっている。歴史学においても、こうしたデジタル技術は積極的に活用されており、「デジタルヒストリー」という領域として研究が進められている。

「私自身、大量のテクストから目的に応じた情報を抽出する“テキストマイニング”を使用して、日本中世の宗教関係のテクストの作者を特定し、論文を発表しました。

具体的には、大量のデータとテクストの文字列解析を行い、どれくらい同じ文字が出てくるのか、どれくらい同じ引用があるのか、文体で似ているところはあるのか等について分析し、最終的に私が当初仮説を立てていた14世紀のお坊さんか、それにきわめて近い人物が作った可能性が高いということを証明できたわけです。

このように、デジタルを歴史学に取り入れることで、従来、証明しきれなかったような“歴史の謎を解く”というのは、一番よくわかる使い道です」とラポー准教授。

「私の研究室の名前にもなっている“デジタルヒストリー”という分野は、実は意外と歴史が長いんですよ。このデジタルヒストリーには、3つの方向性があります。1つ目は、「データの発見」。新しいデータを作成し、整理して、データベース化することによって、主に研究者に対してデータを提供して研究しやすくする、つまり研究の土台をつくる部分です。

2つ目は、「データの解析」。これは先ほどのテキストマイニングなどのように、対象のデータをさまざまな方向で解析して、新しい知見を得るという技術です。

そして、3つ目は「歴史の可視化」、つまり歴史をもっとわかりやすく、見えやすいものにする技術、あるいはそれによって生まれる新しい可能性です。例えば、デジタルの地図を作って、とある場所の長期的な人口変動が見えるようにしたり、日本について言及された本が西洋のどこで一番多く出版されているかを見えるようにしたり、さまざまな取り組みが行われています。」

歴史学にデジタル技術や統計学を取り入れることで、従来のように大量の文献を読まなくてもインターネットを介して瞬時にデータベースから正確なデータが入手できたり、過去の出来事を追体験できたり、より実物に近いものを再現できたりするようになり、歴史がより身近にアクセスできる存在となってきているのかもしれない。

文理融合型の学びだからこそ、できること

「私の授業では、デジタルを取り入れた歴史学を学ぶ前に、まずは歴史学についての基礎や、そもそも歴史学とは何かについて学びます。大学入学前までの歴史のイメージといえば、年号を暗記したり、いつ何が起きたのかを覚えるような堅苦しいものではなかったでしょうか。しかし、大学で学ぶ歴史学は、断片的な情報や資料を基に、より当時の状況について深く追求する学問です。

歴史学では、与えられた情報をそのまま信じるのではなく、「なぜ、そうだったのか」ということをきちんと追求して理解して証明する、もしくは新しい仮説を立てて検証するといったプロセスを学ぶので、基本的に自分で考えるということが一番大切です。

授業やゼミでは、そういった歴史学の方法論を学んだ上で、デジタル技術を取り入れて、VR(仮想現実)で過去の歴史風景を体験してみたり、AR(拡張現実)で今自分が歩いている道が昔はどうだったかをスマートフォンを通して体験してみたり、デジタル地図の作成やテキストマイニングなどにも取り組んでいます。

こうしたデジタル技術はこれからも常に発展していきますが、どうやって歴史の情報からデータを取り出し、解析し、考察して結論に至るのかというプロセス自体をしっかり身につけてほしいですね。実はこれは歴史学ではなくても、さまざまな場面で使える“思考のモデル”。社会に出てからも必ず役立つスキルだと考えています。

文化情報学部という環境において、1番大切なポイントは、理系・文系の壁を超えた学び方ができ、異分野の研究者同士や、さまざまなことを専門的に学ぶ学生同士が交流し合えるところ。実際にデジタルヒストリーの研究分野においても、歴史家同士の交流におさまらず、歴史家と情報学の専門家や統計学の専門家が交流して一緒に研究するというスタイルも主流となりつつあり、それがきっかけで、研究が大きく前進しています。」

デジタル・ヒューマニティーズを活用した歴史学の未来

「西洋の動向を見ていると、おそらくデジタル・ヒューマニティーズの技術は、将来的には当たり前のものになるんじゃないかなと思っています。インターネットでアクセスできて自由に使えるデータが今後ますます増えることによって、当然テキスト解析の精度が上がるだけではなく、従来考えられてこなかったようなAIを使った技術で、膨大な量の歴史資料の共通点を見いだせることになることで、従来認識されてきた歴史の流れが覆されるような展開が生まれる可能性も、十分に考えられるでしょう。

しかし、こうした技術が発展すればするほど、単に技術任せにするのではなく、歴史学の方法論に基づいて考えることが大切なのであって、それはこれからも継承されていくと思います。

日本では2000年代にデジタルアーカイブという大きな動きがありました。その重要性は、東日本大震災後に多くの資料が失われたり損傷することで、より広く意識されていくようになりました。データや歴史の保存・継承を目的に作られていましたが、例えばイタリアでは文化遺産をデータベース化して、地図上で検索できるようになっており、所蔵者や現在の状況を把握することが法律でも義務付けられているように、さまざまな国で行政の大きな取り組みの一つとなっています。これからは日本でも、大きく発展していく分野なのではないかと期待しています。

日本は、大河ドラマ、アニメ、漫画、ゲームなど、歴史を題材にしたコンテンツが多く、日常の暮らしの中で歴史に触れる機会がとても多い国なんです。歴史学はその社会環境に影響されるため、社会と歴史がどう関係しているかを考える“パブリックヒストリー”という学問も、今、日本で注目されているんですよ」

このように、歴史学には、従来の文系で学ぶ方法論だけではなく、具体的な技術や理系の統計学などの思考法をプラスした多角的な学びが必要となってきている。従来の歴史学や歴史の認識が変わっていく、まさに時代の過渡期と言えるだろう。

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