「行政を動かすために千奈が生まれたわけではない」通園バス置き去り死事件 遺族の心の傷深く

2022年9月、静岡県牧之原市の認定こども園で、園児が送迎バスに置き去りにされ死亡した事件。この事件をきっかけに送迎バスには事故防止対策が義務付けられるなど、社会の仕組みが変わりました。ただ、園児の父親には深い心の傷が残されたままです。

<河本千奈ちゃん>

「動いてる、赤ちゃんが。(動いてる?)動いてる、わぁ」

小さな妹をあやしているのは当時3歳の河本千奈ちゃん。千奈ちゃんは22年9月、牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」で送迎バスに置き去りにされ、重度の熱中症で亡くなりました。

<千奈ちゃんの父親>

「イチゴ狩りに行ったりとか、遊具で遊んだり、千奈は元気で明るくて活発。外で走り回って遊んだり、そういうのが好きな子でしたね」

自宅リビングの中心には千奈ちゃんの写真が飾られ、大好きなイチゴといつも飲んでいた麦茶が供えられています。

千奈ちゃんはバスの中で見つかった際、体温が40℃を超えていて近くには脱ぎ捨てられた衣類と空になった水筒がありました。園からの連絡を受けて両親が病院に駆け付けると、千奈ちゃんはベットに横たわり、心臓マッサージを受けていました。

<千奈ちゃんの父親>

「生気が感じられないような表情でしたし、額に前髪が汗でくっついていて、朝、妻が結んでくれた三つ編みも汗でびっしょり濡れているような状態でした。心電図が動いていたので『これはまだ生きているということですか?』って聞いたんですけども、心臓マッサージをしているから動いていると言われて、このまま心臓マッサージを続けても、内臓に負担がかかったりとか悪い方向にしかいかないのでやめてもいいですかということを言われたんですけど、妻も私も答えることができなかったです」

園は事件後の会見で、子どもたちの降車を確認していなかったことや、クラス担任が千奈ちゃんの姿が見えないことについて職員室や保護者に確認しなかったことなどを釈明しています。

2022年12月、元理事長や元担任ら4人は業務上過失致死の疑いで書類送検されました。

<千奈ちゃんの父親>

「あんな幼稚園に通わせてしまったとか、助けてあげられなかったとか、申し訳ないって気持ちが大きいですね。もっといろいろいやってあげたかったんですけど、すみません」

父親が2023年3月に始めたSNSでは、千奈ちゃんへの想いや月に1回、園と行っている面談の内容などを発信しています。

<千奈ちゃんの父親>

「責任を取るような誠実さっていうのは感じられませんね」

現在、川崎幼稚園は当時の理事長が退任し、新しい理事長が経営を行っています。

<小倉将信こども政策担当大臣>

「今回しっかり対策を講じてもらうことによって二度と同種の事故が起きないような体制ができるのではないかと思っております」

牧之原の事件をきっかけに、国は全国の通園バスに安全装置の設置を義務付けました。静岡市清水区にある幼稚園では、義務化が決まる前の2022年10月から、試験的に安全装置を通園バスに設置しています。

<東海大学付属静岡翔洋幼稚園 江﨑雅治園長>

「これがその機械になります。このボタンを押すと、この車のクラクションがかなり大きな音で鳴ります。機械がついているから安全ではなく、機械と人間の力のバランスが大事と常々考えています」

千奈ちゃんの事件は世の中を変えることになりました。ただ、それは決して家族が望んでいたことではありません。

<千奈ちゃんの父親>

「子どもが命を落とすような、置き去り事件がなくなるのは良いことだと思います。ですけど、行政を動かすために千奈は生まれてきたわけではないので、他の子どもの安全が確保されたということを言われても親としては納得できることではない」

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