社説:アイヌ遺骨 先住民族へ地域返還を急げ

 オーストラリアの博物館が、アイヌ民族の遺骨計4体を北海道アイヌ協会や、敗戦時に旧ソ連対日参戦で北海道に避難した樺太(現ロシア領サハリン)アイヌの子孫でつくるエンチウ遺族会に返還した。

 遺骨のうち2体は、東京大の医学者が、オーストラリア先住民族アボリジナルの人々の遺骨と交換で贈ったものだ。

 遺骨とともに帰国したエンチウ遺族会の田澤守会長は、先祖の故郷の土に遺骨を再埋葬することを願っているとした。だが、ロシアのウクライナ侵攻でサハリン渡航は閉ざされた。さらに戦前、南樺太の墓地で京都大が発掘した多数のエンチウ遺骨は今も返還されていない。

 日本も批准する先住民族の権利に関する国連宣言は、歴史的な不正義で苦しんだ先住民族が、奪われた文化や知的財産の回復ができるよう求める。遺骨返還も国に要請している。

 海外からの返還が実現したのに対し、日本の先住民族の権利回復が遅れている実態を、改めて直視しなければならない。

 明治期から東大や京都大、北海道大などの医学者たちは、北海道や日本統治下の南樺太で先住民族の墓地を暴き、遺骨を持ち出して研究材料としてきた。少数民族の伝統文化への畏敬も礼節も欠く非道な行いだった。

 文部科学省の5年前の集計で、大学が保管するアイヌ民族の遺骨は約1900体に及ぶ。京大など旧帝大が台湾など日本統治下の植民地で暮らす他の先住民族遺骨も収集したことは記録上明らかだが、いまだに保管状況を公表していない。

 政府は2018年、大学に対してアイヌ民族の地域団体へ返還する指針を示した。ただ、日本各地の博物館が保管するアイヌ民族の遺骨約140箱については、昨年ようやく返還指針を出した段階である。

 オーストラリアでは先住民族の文化財返還を法律で定めている。駐日公使は会見で、東大が所有するアボリジナルの人々の遺骨返還は「政府と先住民族にとって優先事項」と語った。

 これに対し、内閣官房アイヌ総合政策室は、遺骨返還を文部科学省とオーストラリア政府間で相談中と述べるにとどめ、温度差が際立つ。

 政府間の信義に関わる問題ではないか。日本政府として研究目的で収集された先住民族遺骨の海外返還例がないこと自体、世界的な潮流に背を向けていると言わざるを得ない。

 これを機に、大学や博物館が保管する海外を含む先住民族の遺骨と副葬品を調査し、実態を公表すべきだ。収集過程も検証し、近代国家の引いた国境と少数者の歴史、研究の倫理を問い直したい。

 返還の対話を通し、先住民族それぞれの伝統や価値観、歴史を学ぶことは文化の多様性にもつながり得よう。

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