ALS嘱託殺人 SNSで殺害密約、元医師の動機解明なるか 29日京都地裁初公判

医師らによる殺人・嘱託殺人事件の構図

 難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患う女性から依頼を受けて殺害したとして、嘱託殺人などの罪に問われた元医師の山本直樹被告(45)=医師免許取り消し=の公判が29日、京都地裁(川上宏裁判長)で始まる。事件では、SNS(交流サイト)を通じて見ず知らずの医師と患者がつながり、殺害の密約を交わすという特異な経過をたどった。共犯とされる医師の大久保愉一(よしかず)被告(45)は「安楽死」を肯定する発言を繰り返しており、詳しい動機や役割分担などの解明が焦点となりそうだ。

 起訴状などによると、両被告は共謀し、2019年11月30日、京都市中京区のALS患者の林優里(ゆり)さん=当時(51)=の自宅マンションで、林さんから依頼を受けて胃ろうから薬物を注入し、急性薬物中毒で死亡させたとしている。

 捜査関係者によると、両被告は林さんの担当医ではなく、事件当日が初対面だった。林さんと大久保被告は2018年12月にツイッターで知り合い、第三者に閲覧されないダイレクトメッセージ(DM)機能を使って殺害計画を打ち合わせたとみられる。事件直前の19年11月には、林さんから山本被告の口座に計130万円が振り込まれたことも判明している。

 犯行は「密室」で行われたとされる。林さんは24時間の介助を受けていたが、両被告とみられる男2人が訪問した際、ヘルパーは一時的に退室。2人が立ち去った後、再びヘルパーが部屋に戻ると林さんの容体が急変し、死亡した。遺体からは普段服用していない薬物が検出された。2人が林さん宅に滞在した時間はわずか十数分とみられている。

 事前にDMでどんなやりとりがあり、役割をどう分担したのか、事件の背景には何があったのか―。公判での解明が待たれる。

 一方、大久保被告はインターネット上で「安楽死」を正当化する投稿を繰り返していた。「安楽死はじめました(時価)いくらなら払う?」(20年4月)。安楽死をビジネスと結び付け、高齢者や社会的弱者の命を軽視するような発言もみられた。林さんには「訴追されないならお手伝いしたい」「当院にうつりますか? 自然な最期まで導きます」と誘いかけていた大久保被告。それとは対照的に山本被告がネット上で発信した形跡は乏しい。

 両被告は、海外での安楽死を希望する別の難病患者の診断書を偽造したとして、有印公文書偽造の罪にも問われており、山本被告については今回の裁判で同時に審理される。

 一連の捜査では、両被告が2011年3月、山本被告の父靖さん=当時(77)=を殺害した疑いも浮上。山本被告の母淳子被告(78)を含む3人が殺人罪で起訴された。嘱託殺人罪に先立って審理された殺人罪の裁判員裁判で、山本被告は「大久保被告が単独で殺害した」と無罪を主張。しかし地裁は今年2月、「(殺害の)完遂に不可欠な役割を果たした」と認定し、懲役13年を言い渡した。山本被告は判決を不服として控訴している。

 大学医学部を中退した山本被告は、医師免許の受験資格を不正に得る方法を大久保被告から指南されていたことが分かっており、2人のいびつな関係も浮かぶ。山本被告は全面的に争う可能性もあり、法廷で何を語るかが注目される。大久保被告の公判日程はまだ決まっていない。

≪筋萎縮性側索硬化症(ALS)≫

運動神経が障害を受け、徐々に全身が動かなくなる神経難病。進行すれば自発呼吸が困難になるが、視力や聴覚、内臓機能などは正常に保たれる。原因は不明で、現在、有効な治療法は確立されていない。国内の患者は約1万人とされる。

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