信念貫きユダヤ人救った陸軍中将 鎌倉で顕彰碑が完成 遺族らは平和への思い新たに     

樋口中将の顕彰碑と孫の玉村邦夫さん=鎌倉市内

 ナチスドイツによる迫害からユダヤ人を救出した陸軍中将の樋口季一郎(1888~1970年)の顕彰碑が神奈川県鎌倉市山ノ内の円覚寺の塔頭・龍隠庵に完成し、21日に除幕式が行われた。遺族らは軍国主義の時代に人間性を忘れずに信念を貫いた樋口に思いをはせ、平和への思いを新たにしていた。      

 38年、当時のソビエト連邦と満州国の国境沿いにユダヤ人難民が集まり、満州国への入国を希望した。ドイツとの関係悪化を恐れた日本側は拒否しようとしたが、ハルビンの特務機関長だった樋口は受け入れ、住居や食料も支援。上海から米国などに脱出することができた。後に関東軍参謀長の東条英機から査問されたものの、「日本とドイツは立場が違う」とはねのけたという。

 太平洋戦争中は北海道など北方を管轄する司令官を務め、43年にキスカ島から部隊を撤退させる際は時間短縮のため、独断で小銃などの兵器を捨てることを命じた。「兵器は命より大切」と指導していた日本軍では異例で、撤退成功の一因となった。45年8月15日の玉音放送後も樺太や千島列島を侵攻中のソ連軍への抗戦を命じ、結果的に北海道全体の占領を食い止めた。ソ連は樋口を戦犯に加えるよう要求したが、ユダヤ人が動き訴追されなかった。

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