進化する代替水産物、菌類由来の「マイコプロテイン」を使った製品を開発する欧州のスタートアップ

Image credit: Mycorena

魚の消費量が世界的に増え続けるなか、代替水産物市場も拡大を続けている。米スタンフォード大学のロザモンド・ネイラー氏らの調査によると、世界の魚の消費量は1998年から2倍に増え、2050年までにさらに2倍近くまで増加すると予測される。また、国連食糧農業機関(FAO)は、生物学的に持続可能な漁業資源は1974年の90%から2019年には64.6%に大幅に減少していると指摘する。漁業資源の枯渇を補うための取り組みは続いており、一部の国や地域では成功しているが、世界に蔓延する乱獲に歯止めをかけるまでには至っていない。こうした潮流は、将来的に水産物の入手が困難になる可能性があることを示唆している。(翻訳・編集=小松はるか)

そんななか、漁業資源を持続可能にする方法として水産養殖に期待を寄せる人もいる。しかし、海洋魚や淡水魚の個体数の減少を緩和し、責任ある持続可能な養殖モデルも増えてはいるものの、養殖産業全体としては環境への負荷や危険な労働条件、さらに魚への虐待など課題が多い。

幸いなことに、微生物発酵を用いて代替海産物を製造する米Aqua Cultured Foods(アクア・カルチャード・フーズ)や、今月11日に日本進出を発表したシンガポールの培養魚開発 Umami Meats(ウマミミーツ)などイノベーター企業が新たに登場し、海洋資源を利用せずに全く新しい方法で世界的な水産物の需要を満たそうとする動きが拡大している。

そして、2022年10月には、今回紹介するバイオテクノロジーのスタートアップ、Mycorena(マイコレーナ)Revo Foods (レボ・フーズ)が、菌類由来の代替タンパク質“マイコプロテイン”と3Dプリント技術を用いた、ヴィーガンの代替海産物の共同研究を始めることを発表した。

Mycorena(マイコレーナ):スウェーデン――菌類は栄養満点で万能なタンパク源

マイコプロテイン Image credit: Mycorena

スウェーデンに本拠を置く「Mycorena」は、マイコプロテイン製品の開発や製造を行うバイオテック企業だ。米サステナブル・ブランドの取材に、Mycorenaの最高イノベーション責任者パウロ・テイシェイラ氏は「当社は、CEOのランクマール・ナイルが多様な産業向けの代替素材を開発するべく菌類の可能性を探る研究を行うなかで誕生した」と説明する。ナイル氏のチームは、菌類が非常に万能で栄養満点のタンパク源であることを実感し、2017年にMycorenaを創業した。

Mycorenaは、シードラウンドでスウェーデン・ヨーテボリ大学の持株会社「GU Ventures(GUベンチャーズ)」からの資金調達に成功し、自社の研究所を設立。2019年に最初の製品「Promyc(プロミック)」を発売した。2021年までに事業をさらに拡大し、同地域で初めてマイコプロテインの実証プラント「Mycorena Innovation and Development Centre」を建設した。2022年には、当時、シリーズAの資金調達ラウンドで北欧史上最大であり、欧州の代替タンパク質分野でも最大規模となる2400万ユーロ(約35億5700万円)を調達。同社は今年、事業を商業規模へと成長させることを目指している。

Promycは、必須アミノ酸をすべて含んだ繊維質で糖質ゼロの栄養素を供給し、さらに環境負荷も低い。SaaS型プラットフォーム「カーボンクラウド」を使って気候変動への影響を測定したところ、Promycは1kgあたりのCO2排出量が1.5kgで、牛肉1kgあたりのCO2排出量27kgと比べると大幅に改善されることが分かっている。

もう一つのメリットは培養の速さだ。博士でもあるテイシェイラ氏の説明によると、Mycorenaは、ビールを醸造するときに酵母を培養するのと似たような発酵過程を通して糸状菌株を生み出すという。同社では、特別に開発した混合栄養素が入った大型のバイオリアクター(生物反応装置)に菌類を加え、およそ24時間かけて培養する。「その24時間で菌類の量は約20倍になる」と博士は話す。

Mycorenaの糸状菌の特徴の一つは、繊維状組織と栄養価を保つ機能が備わっており、明確な味がないことだ。この特徴は、魚のもつ繊維構造と繊細な風味をまねる上で欠かせない。

Revo Foods(レボ・フーズ):オーストリア――代替品で7800匹のサーモンを救う

Revo Foodsが製造した植物由来のサケの切り身 (Revo Foods’ Youtube )

オーストリアのRevo Foodsは、植物由来の代替海産物を製造するスタートアップだ。乱獲を減らし、重金属や抗生物質を含まない健康に配慮した選択肢を提供することを目的に、細胞培養研究者のロビン・シムサ氏、学際的科学者のテレサ・ローテンビュッヒャー氏、3Dプリントの専門家のマニュエル・ラハマイヤー氏が2021年に創業した。同社のスモークサーモンの切り身やツナスプレッドなどはすでに20カ国以上で販売されている。

Revo Foodsは2021年4月、初期の資金調達ラウンドで150万ユーロ(約2億2000万円)を調達したほか、オーストリアの投資会社「Biogena Group Investors(ビオジェナ・グループ・インベスターズ)」からも80万ユーロ(約1億1800万円)を調達した。さらに、最近は欧州イノベーション・技術機構(EIT)からトップイノベーターの1社に選出されている。

Revo Foodsは、アトランティックサーモンの平均重量を基準に考えた場合、同社の製品によってこれまでに7800匹のサーモンを救うことができたと推定する。同社では製造工程で使用する真水を95%削減することにも成功した。また、最初に実施したライフサイクルアセスメントで、同社の培養サーモンのCO2排出量は従来の漁法で獲ったサーモンのCO2排出量と比較して77〜86%少ないことも明らかになっている。

Image credit: Revo Foods

同社はMycorenaと連携することで、マイコプロテインを使った3Dプリンター製のヴィーガンの代替海産物を生産することが可能になるという。2社は、魚の身などの口当たりや食感を再現する独特で複雑な構造のものをつくるのに3Dプリンターが必須だと説明する。

3Dプリンター製の魚がスーパーに並ぶのもそう遠くはない?

2社は連携を発表したすぐ後、3Dプリントした代替海産物の開発を進めることを目的に、スウェーデンのイノベーションシステム庁「Vinnova(ヴィノーヴァ)」、オーストリア研究促進庁、そしてEUの資金調達プログラム「Eurostars(ユーロスターズ)」から150万ユーロ(約2億2000万円)の助成金を受け取った。

3Dプリンターは多種多様な製品を作るのに役立つ。「柔軟性やカスタマイズ性が非常に高い」とMycorenaのテイシェイラ氏は言う。3Dプリント技術のもう一つの利点は、要望に応じて正確な量をプリントすることができて廃棄物を減らせることだ。

テイシェイラ氏は「私たちは、意思決定者や投資家を変えていく真のチェンジメーカーになりたい」と話す。

MycorenaとRevo Foodsは、消費者や生産者に日々の食事に代替タンパク質を取り入れることを考えてもらうことで、より持続可能な食生活や暮らしをおくるという新たな習慣を育みたいと考えている。それと同時に、人々に現在の食料生産の在り方が気候変動や世界の生態系にもたらす影響についても思いを巡らせてほしいと願っている。

© 株式会社博展