転倒や接触事故が多発するMotoGPに必要なマシンの安全性向上を提言(前編)/御意見番に聞くMotoGP

 2023年シーズンのMotoGPは序盤5戦を終えて、しばしの休憩を挟んで3連戦が待っています。スプリントレースと決勝レースの2レース制となった今季は、多くのライダーのクラッシュや接触転倒、怪我人も続出しました。

 そんな2023年のMotoGPについて、1970年代からグランプリマシンや8耐マシンの開発に従事し、MotoGPの創世紀には技術規則の策定にも関わるなど多彩な経歴を持つ、“元MotoGP関係者”が、番外編(コラム第6回目)として“MotoGPの安全性向上”について語り尽くします。

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これまで5戦を消化して小休止モードのMotoGPですが、この辺りで以前言われていたレースの安全性の向上というテーマでご意見を頂きたいと思います。

 今シーズンはスプリントレースが追加されたことで、クラッシュの機会も増えているのは間違いないけれど、それにしても毎レース転倒や接触事故が多いのはどうしてだろうとずっと考えていたんだ。

 この憂慮すべき事態を早急に改善して、より安全なレースを実現するためには、『1.ライダーの安全意識の啓蒙』、『2.マシンの安全性向上』、『3.レース運営システムの革新』がセットで必要だという決論に達したんだけれど、1.は口で言うのは簡単だけれど一番難易度が高くて実現性が低そうなので、まず着手すべきはマシンの安全性向上だろうね。

マシンの安全性向上に何か具体的な提案があるのでしょうか?

 現在の技術規則が施行されたのは今から10年以上も前で、その時点では気筒数とボア径に上限が定められたことで、エンジン性能開発のマージンが抑えられ、燃料も減らされて性能開発の歯止めになるはずという目論見だった。

 しかし、この10年余の間にエンジン出力がリッター当たり250psから300psくらいまで向上し、にも関わらずレースを完走できるだけの燃費を実現するとは僕の現役時代には想像できなかったんだ。つまり技術規則を大幅に見直す時期に来ているんだよ。

2008年にはそれまでの990ccだった排気量が800ccに変更されましたね。もう一度それをやるって事ですか?

 いやいや、単に排気量を下げただけでは、数年のうちに元のレベルに戻ってしまうというのは歴史が証明しているから、それはやらない(笑)。

 現行規則が施行された2012年レベルのエンジン出力にするために、レブリミットを全社共通の15000rpm(仮)に制限するんだ。これは人間のコントロール出来るレベルを超えてしまったマシンのパフォーマンスを適正レベルに戻すため。エンジンのダウンサイジングによる新規開発コストも不要で共通ECUに数行のコードを書き加えれば済む事(知らんけど)

エンジン性能が横並びになるとコーナーでのバトルが増えてクラッシュが増えませんか?

 現状のクラッシュ多発の背景としては空力開発の賜物(?)で、前車に接近するとフロントタイヤが過熱してしまいブレーキングもオーバーテイクも困難になる。それを避けるためにタイヤがフレッシュなスタート直後にできるだけポジションをあげようと全員が無理してプッシュするという事情があるんだ。

 もちろん空力開発に制限を加えたり、タイヤそのものの改善も有効なんだが、現状ではハードルがかなり高いし、メーカーも抵抗するだろう。そこでコーナーであまり無理しなくてもストレートでオーバーテイクできるような仕組みを導入するんだよ。

2022年F1第3戦オーストラリアGP DRSを使用するセバスチャン・ベッテル(アストンマーティン)

F1のDRSみたいな仕組みですね、結構複雑そうですが……

 あれはストレートでウイング角度を変えて空気抵抗を減らして最高速を上げる仕組みなので、MotoGPの場合は、エンジンのレブリミットを一時的に引き上げて同様の効果を得るのさ。つまり『オーバーテイクボタン』というスイッチがひとつ追加される訳だ。

 これを使える条件は厳しく規定され、かつ1レースで使える回数も制限される。そうする事によってどのタイミングで使うかという、心理戦・頭脳戦の要素が加わってレースがより面白くなって安全性も向上するという、一粒で二度おいしいシステムなんだよね。

オーバーテイクが許可される条件とはどういうものですか?

 まずは、直近のラップタイム差が0.3秒以内に拮抗している状態で、ストレート部に設定したオーバーテイクゾーンに入った時の車間距離が5m以内の場合、後続車のオーバーテイクボタンの起動を可能にする。そして先行車はそれに対して進路変更などの対抗措置を取れないというルールにするんだ。数値はあくまでも仮置きで、シミュレーションなどで適切な値を出せると思う。難しいのは起動可能回数をどのあたりに設定するかだね。

 オーバーテイク可能な状態にあるかどうかは管制システムが判断して、先行車にロックオン通知、後続車にオーバーテイク許可の通知を出す。これは現在でもダッシュボードにペナルティの通知を出しているようだからそんなに難しい事ではない。

 或いは、小型の車載レーダーを搭載して前車との距離を測定し、オーバーテイクモードを起動する自律型のシステムも可能で、この方がクラッシュのリスクを低減するシステムにも応用できるので拡張性の点でお薦めだね。

そうなるとどのタイミングで使うか、ライダーとピットクルーとのコミュニケーションも必要になりますね。

 現在はライダーとピットクルーのコミュニケーションは、サインボードだけというおそまつな状況なので、レース中の戦略展開が可能になった時点で、ライダーの集中力を切らさないレベルでの双方向コミュニケーションは必須だろうね。

 実はさらにレースの安全性と健全性を向上するためには、レース管制のシステム改革が必要だと感じている。管制側はマシンの状態をすべてリアルタイムで掌握して記録し、必要な指示や情報を可視化してライダーに提供するんだ。これには多額の投資と技術開発が必要なんだけど、次回はこのあたりの詳細な構想について提言したいと思っている。

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