木村武史がWEC開幕3戦で掴んだ確固たる手ごたえ。ル・マン24時間は「めちゃくちゃ自信ある」

 いよいよ6月7日、レースウイークに向け走行がスタートするWEC世界耐久選手権第4戦ル・マン24時間。100周年となる記念大会に向け、5回目の挑戦としてLM-GTE Amクラスに参戦するのが、ケッセル・レーシングの57号車フェラーリ488 GTEをドライブする木村武史だ。今季はWECにシリーズエントリーを果たし、第1戦セブリングでは表彰台を獲得する活躍をみせてきたが、今季の開幕3戦、そしてル・マンに向けた意気込みを聞いた。

 収益不動産を手がける株式会社ルーフの代表取締役社長である木村は、趣味のスーパーカーを使ったエンターテインメントを手がけた後、ランボルギーニ・スーパートロフェオでモータースポーツへの挑戦を始め、アジアン・ル・マンやスーパーGT等の参戦を続けると2019年にル・マン24時間に初挑戦。2020年も参戦を果たしたが、その頃からWECへのシリーズ参戦を狙っていた。

 当初、WECには自チームであるCARGUY RACINGでの参戦を狙っていたが、近年WECへのエントリーは非常に困難で、なかなか実現してこなかった。そんな木村が、スイスのケッセル・レーシングとのコラボレーションで、今季ついにWECへのシリーズ参戦を実現させた。

 ケッセルとは2022年もともにヨーロピアン・ル・マンに参戦し、タイトル争いを展開するなど深い関係にもあったが、それでもWEC参戦は高い壁があったはずだ。もともと、シリーズで参戦しなければル・マンで好結果は残せない、というのが木村の参戦の目的だったが、今回の参戦のいきさつについて聞くと、思わぬ返事が返ってきた。

「いきさつですか? 妻がWECに出て欲しいと言ってたんです。ずっと前から『最終的にはWEC』だと。妻も、ウチ(株式会社ルーフ)のナンバー2である山﨑(裕介。GTWC等にドライバーとして出場)もWECだと」

 木村は愛妻家で、レースの際には必ず奥様が同行し見守っている。そんな奥様にカッコいいところをみせたいのが木村のモチベーションでもある。

「私はいつも人に踊らされてやってるだけなんですよ。スーパーGTに出たのもそうで、本当は私が好きなアイドラーズとか、遅いクルマを相手に、自分がいちばん速いクルマでレースしているのが好きなんです(笑)。でも、そうは言っても応援してくれる人からしたら、それは遊びだよね、と。より高いレベルでやって欲しいと言うんです」

 スーパーGTにも出場し、プロドライバーの組み合わせでも難しいポイント獲得も果たした。またGTワールドチャレンジ・アジアでもチャンピオンも獲得した。「速さとしてはある程度確立できたかな、と思っているんです。自分がある程度まで来たなと。でも妻も山﨑も、世界のジェントルマンドライバーと戦って欲しいと言うんです」と、応援してくれる人たちの期待に応え、世界への挑戦を行うことになった。

 もともとCARGUY RACINGとしてWECへの参戦は申請していたが、「WECのグリッドに並べるのはスーパー大変なんです」となかなか実現はしなかった。しかし、木村をジェントルマンドライバーとして高く評価するケッセル・レーシングがWEC参戦への熱心なロビー活動を行い、参戦へとこぎつけた。ちなみに、ケッセルがいかに木村を評価しているかが分かるのがコスト。木村も参戦に向けた費用はもちろん負担しているのだが、他と比べると「半値くらい」なのだという。

2023年WEC第3戦スパ ケッセル・レーシングの木村武史
東京都内のルーフ社内にて。会議室も木村のレースの思い出が数多く飾られている。

■セブリングの活躍は「ストリート上がり」だから?

 こうして2023年のWECのシートを得た木村だが、3月の開幕の舞台となったのはアメリカのセブリングだったが、実は「スーパートロフェオのワールドファイナルで出たことがあるんです」と未経験ではなかったという。とはいえ、「WECで走ると違いますね」とやはり違いはあったと木村は語った。

「でも、私はもともとストリート上がりなので、荒れた路面が好きなんです(笑)。もともと私は、ラップタイムで言うと1秒くらい落として走っているところがあるんです。もう少しいけるんですが、そうするとクラッシュしてしまう」

「通常のサーキットだと、コースが良いのでジェントルマンドライバーは怖くないんですよね。でもセブリングだと、跳ねるから怖くなってしまう。でも私はマージンをもって走っているので、こういったコースでもいつもどおりのペースで走れるんです」

 まさに木村にとってうってつけの舞台となったセブリングだったが、戦略も功を奏し木村の分析どおり、速いジェントルマンドライバーたちを擁したチームを打ち破り、いきなり3位表彰台を獲得した。

 しかし、続く第2戦ポルティマオは、初日のフリープラクティス1ではジェントルマンドライバー最速で走るも、「ミシュランを履いて走ると得意」なコースだったが、思わぬトラブルに見舞われた。ポルトガルに向かう飛行機のなかの空調と時差ボケ、すぐにドライブを開始してのクールスーツで「風邪を引いてしまいまして。言い訳にできませんが、管理が甘かった」と、好きなコースだったのに思うようにパフォーマンスを出すことができなかった。

 その後もずっとヨーロッパで生活することになったが、ヨーロピアン・ル・マンをこなしながら、5月の第3戦スパでは体調も戻り、予選では赤旗中断に泣かされてしまうものの、スタートドライバーを務めた決勝では不安定な天候のなか、木村は大きな自信を掴んだ。

「結果的にはスリックを履いた方が良かったのですが、次がル・マンなので、クルマを守ろうと思ったんです」とウエットを履いてスタートしたが、このなかでウエットを履いていたのが木村と、世界屈指の実力をもつジェントルマンドライバーにして、「あの人は超人です」というベン・キーティングだった。

「そのなかで、私はキーティングさんを詰めることができたんです。それにオー・ルージュをユーズドタイヤで全開で走ることができました」

2023年WEC第1戦セブリングで表彰台を獲得したケッセル・レーシング
LMGTEアマクラスで4番手に入ったケッセル・レーシングの57号車フェラーリ488 GTE Evo

■「コントロールの実力が上がっている」自信

 ここまでWECで3戦を終えることになり、長いヨーロッパ暮らしも終えて木村は帰国した。「もう、汁物が食べたくなるんですよ。特に、出汁が効いたものが食べたくなりました(笑)」と待望の日本食を食べ、“会社社長”に戻った。

 そしていよいよ6月10〜11日、シリーズのハイライトである100周年記念のル・マン24時間を迎えることになる。木村は「WECを3戦終えましたが、表彰台は獲ったものの、僕にとってはあまりそれは関係ないんです。ただ初めての荒れた路面での適応力や、オー・ルージュを全開でいけたところなど、クルマのコントロールについては、しっかりと実力が上がっている自信があるんです」とここまでの3戦で大きな自信を得ていると語った。

 特に近年は、LM-GTE Amは『フェイクブロンズ』という、ブロンズドライバーとは思えぬキャリア、速さをもつドライバーたちがいるが、木村は「実際に別の仕事をしている純粋なジェントルマンドライバー」のなかでも、世界と戦う自信がついているよう。

「だから、ル・マンはめちゃくちゃ自信があります。ジェントルマンドライバーのなかでも5本の指に入る自信があるんです。僕はル・マンは4回目ですしね。走り出しから3分58秒台はいける気がしますし、3分57秒台が安定して出せれば狙えるかな……という気がしています」

 木村はル・マンに初めて挑戦した2019年は、周囲のために挑戦していたような印象があった。しかし、今では「このレベルまで来られると、なんだか楽しめますね。自信をもって挑めるというか、競技者になってるといいますか」と木村は言う。

「今までは応援してくれる人たちがいるからやるという受動的なものだったのが、自分で自信をもって挑む能動的な感じになっています。今まで、あまり自分ではこういうことは言わなかったんですけどね」

 木村は帰国してからル・マンまでの間に、藤井誠暢がオープンさせたドライビングラボ『simdrive』で走り込み、6月4日のテストデーでは、すでに3分58秒716というベストタイムも記録している。ふだんは業績を伸ばし続ける会社社長の顔をもちつつ、ジェントルマンドライバーとして世界の頂点へ歩み続けている木村。予選、そして決勝を戦うケッセル・レーシングの57号車フェラーリ488 GTEにぜひ注目しておきたい。

東京都内のルーフ社内にて。木村社長の席は、他の社員と同じ部屋にあり、コミュニケーションを欠かさない。

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