がん治療の経済的な副作用「経済毒性」にある3つの誤解、金額面だけの問題ではない?

「がん治療の経済毒性」という言葉を聞いたことがありますか?

日本では2018年から使われており、この5年で医療現場を中心に広まってきている言葉です。インパクトのある名称ということもあり、賛否両論の意見がありますが、がん患者さんが安心して治療を続けていくため大事なのは経済毒性という言葉が誤解の無いよう広まることです。そこで、今わかっているがん治療の経済毒性の基本とよくある3つの誤解について解説いたします。


がん治療の経済毒性とは

毒性と聞くと、がん治療に詳しい方だと「抗がん剤」におけるさまざまな毒性を思い浮かべるでしょう。白血球や血小板が減少する血液毒性、吐き気や食欲不振、下痢といった消化器毒性、心筋障害の心毒性、しびれなどの神経毒性、他にも肺毒性、肝毒性、腎毒性など全身にわたります。

では、経済の毒性とはどういったものでしょうか?

愛知県がんセンターの本多和典医師は、2018年の『癌と化学療法45巻5号「がん治療に伴う"経済毒性" の評価」』にて、こう述べています。

新規の抗がん薬は一般に高額であり、さらに予後が改善したことで治療期間が長期化し、その経済的な負担が問題となっている。このようながん治療に伴う経済的な負担がライフスタイルに影響を及ぼすものを"経済毒性"(“Financial Toxicity”)として、身体的な治療関連毒性と同様に扱う考え方が提唱されている。

毒性という言葉からは、身体と同じくらい経済面でつらい思いが生じていることということがわかります。経済毒性の構成要素は、(1)支出の増加、(2)収入・資産の減少、(3)不安感の3つです。

(1)支出の増加

昨今の治療薬の進歩により、延命が期待されることは大変喜ばしいことです。しかし、継続してかかる医療費が生活維持のための費用に上乗せされ、支出増に悩む患者さんやご家族がいるのです。日本には高額療養費制度があるため、毎月一定額で済むとはいえ、住居費の次に医療費がかかっているというご家庭も少なくはありません。

(2)収入・資産の減少

がんの影響や治療の副作用などで働けない場合は、公的医療保険の傷病手当金や年金制度の障害年金などが利用できることもありますが、元々の収入に及ばないことがほとんどです。公的保障が元々薄い自営業の方などは、収入源が途絶えてしまうことも多々あります。また、ここ10年ほどでがん治療と仕事の両立支援が進んでいますが、さまざまな事情で働き続けることが難しくなり、蓄えを切り崩している方もいらっしゃいます。

(3)不安感

不安感というのは、金額そのものに必ずしも比例している訳ではない、という特徴があります。もちろん、いま経済的に厳しくて悩むということもありますが、がん治療は行ってみないとわからない、見通しがつきにくいため、「いつまで治療が続くのか」「再発した場合に治療費は払えるのか」「蓄えはいつまで持つのか」といった、いまの経済状況ではなく将来に対する不安がぬぐい切れないということもあるのです。治療を安心して続けていくためにも、この不安感を解消できることが重要と考えられます。

経済毒性のよくある誤解

ここまでは経済毒性の基本をお伝えしてきました。医療現場を中心に、経済毒性の認知度が高まることで、一気に経済面の支援が進むのではとも思えるのですが、さまざまな意見が聞こえてきていることも事実です。

ここからは、よく聞かれる経済毒性にまつわる誤解に関する解説をいたします。

(1)「名称が合っていないのでは?」という誤解

経済毒性という名称からも、日本経済への副作用のように受け取られる方や、社会保障の問題と捉える方もいるでしょう。そして経済毒性の由来である“Financial Toxicity”の“Financial”は直訳では“金融”であるため、違和感を持つ方もいるでしょう。

しかし日本で経済毒性と決まったのは、患者さんやご家族の“経済的な負担”による“毒性”を意味するためです。意味のある意訳であることも一緒に知っていただけると、違和感は薄れるのではないでしょうか。

(2)「経済毒性にならないための備えが必要」という誤解

経済という文言が入っているためか、金額面だけの問題と誤解を受けやすいのですが、経済毒性というのは医療費の金額負担そのものを意味する言葉ではありません。

「がん治療は高額なお金がかかり、経済毒性が生じる」や、「これをしておけばがんになっても経済毒性にはならない」というような、がんになっていない方への不安を助長させる言葉としてではなく、患者さんの不安を早期にくみ取り、解決していくための言葉として広まれば、もっと患者さんが抱えるお金の不安を周りに打ち明けやすい世の中になるのではないでしょうか。

(3)「患者さんに経済毒性があると伝えなければならないのではないか」という誤解

経済毒性というのは、見た目では分かりにくいお金の不安について、制度やお金の情報を丁寧に説明していくことで、早期に不安が軽減されることを目指すための言葉です。患者さんやご家族といった当事者の方々は、血液毒性=「白血球の数値が下がった」、消化器毒性=「吐き気がある」、神経毒性=「しびれがある」といったように、経済毒性も「医療費や生活費のことで悩んでいる」と捉えてもいいのです。

医療者からも、患者さんに直接「あなたは経済毒性がある」と言う必要は無く、「経済毒性という研究が進んでおり、身体と同じくらい経済的にもつらい思いをしている方も増えている」といった伝え方をすることで、患者さんやご家族は、悩みが大きくなる前に打ち明けるきっかけにもなるのではないでしょうか。

経済毒性の有無にとらわれず、不安があれば確認を

患者さんやご家族といった、当事者の方は無理に経済毒性の有無を判断する必要はありません。「これからの医療費や生活費は大丈夫かな?」と感じた場合には、まずはかかりつけの医療機関で医療ソーシャルワーカーなど専門の相談員に公的な制度を確認するといいでしょう。

がん治療に力を入れているがん診療連携拠点病院では、「がん相談支援センター」が設置されています。そして、公的な制度では解決が難しいお金の不安が残っている場合には、患者支援を行っているFP(ファイナンシャル・プランナー)などに相談することをお勧めします。

<公的な制度では解決が難しいお金の不安の例>
・治療費と共に住宅ローンをどう支払っていけば良いのか
・継続的にかかる治療費をどう捻出したら良いか
・再発に備えるためにはお金をどう考えたら良いか

経済毒性の評価ツール「COST質問紙」や、COST質問紙に加えて患者支援FPの視点で家計面の評価を組み込んだ「経済面のチェックシート」を取り入れている医療機関もあります。患者さんやご家族で「これは不安なのかな?」「悩むほどのことなのかな?」と判断が難しい場合には、かかりつけの医療機関でツールを確認してみてはいかがでしょうか。

経済毒性の課題と今後の展望

がん治療の経済毒性の研究はここ5年で進み、広まりつつありますが、まだまだ医療者の認知度が低いことが課題です。

そして日本では、まだ患者支援が行えるFPの数が不足していることも課題です。筆者も、都道府県のがん相談支援センター相談員対象の研修や、がんの専門医が集まる学会でのセミナーでがん治療の経済毒性の対応策について講師を務めていますが、経済毒性に対応できる、患者支援を行っている専門のFPとの連携を望まれる声を数多くお聞きします。

なかには、公的制度では解決の難しい経済面のアドバイスまで医療者がワンストップで行えたらという意見もありますが、日々の業務に支障を来す上にリスクが伴うため、患者支援を行っている専門のFPと協働の要望が増えている背景から、患者支援を行えるFPの育成も始まっている、というのがここ数年の流れです。

患者さんやご家族が抱える、打ち明けにくい医療費や治療中の生活費の悩みについて、「経済毒性」というキーワードを通じて広まり、適切な支援を受けられるきっかけとなることを望みます。

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