「“ホテルの顔”が持つ影響力は計り知れない」“癒やし系”人気スイーツ「うちっちぴよりん」“生みの親”が描く戦略

つぶらな瞳に、真ん丸なフォルム、ひよこをイメージした愛らしいケーキ。ついつい、うっとり見つめてしまいそうな癒やし系スイーツ、その名も「うちっちぴよりん」をご存じでしょうか。いま、このケーキの人気が止まりません。限定販売をすれば、即完売という状態が続いているのです。

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この写真を見て「ん?」と思った人も多いかもしれません。いまや、名古屋で爆発的な人気を誇る洋菓子「ぴよりん」(ジェイアール東海フードサービス)をモチーフにしたからです。この「うちっちぴよりん」を手掛けたのは、静岡駅前にあるJR東海グループのホテルです。「やる以上は徹底的に静岡にこだわる」。「うちっちぴよりん」には、ホテルスイーツを取り巻く環境を変えたいというパティシエの戦略がありました。

砂糖でできた兜をかぶる「うちっち家康ぴよりん」あっという間に予約で埋まった(写真提供:ホテルアソシア静岡)

あっという間に1,600個完売

「当日販売はありません」

シリーズ第3弾となる「うちっち家康ぴよりん」の発売初日の6月1日、「ホテルアソシア静岡」(静岡市葵区)1階ラウンジには、売り切れを示す看板が早々に置かれていました。ホテルの開業40周年を記念して、1個850円で1日40個、40日間限定での販売を予定していましたが、受付開始から1週間あまりで1,600個が予約完売したのです。

正午過ぎ、最初の予約客がやってきました。千頭和彩さん=静岡市葵区=は家族用にと、4個購入。「もともと『ぴよりん』のファンで今回初めて買った。どんな味か、とても楽しみ」と期待を膨らませれば、静岡県袋井市の大学生安間かなほさんは「『うちっちぴよりん』は見た目+味。まずはしっかり眺めてから味わいたい」と大切に持ち帰りました。ホテルの担当者に聞けば、初日の予約客はすべて女性だといいます。

「ぴよりんブーム」の火付け役が静岡にやってきた!

名前の由来は静岡の方言で、わたしたちを意味する“うちっち”。「名古屋のぴよりんのように地元で愛されるスイーツにしたい」と願いを込めたといいます。ジェイアール東海フードサービスが監修し、2022年5月に「ぴよりん」のコラボ商品として第1弾、続く10月に第2弾と、ともに期間限定で販売したところ、立て続けに売り切れとなりました。

「今回は『ぴよりん』の販売がない中、正直どうなるかと思ったが、予約初日で1,000個以上の注文があったのには本当に驚いた」。こう胸をなでおろしたのは「うちっちぴよりん」の生みの親・ホテルアソシア静岡の古田信隆製菓料理長(49)です。

古田製菓料理長は「ぴよりんブームの火付け役」でもあります。名古屋マリオットアソシアホテル時代の2021年、藤井聡太七冠が対局中に食べた「ぴよりんアイス」を考案。その後、一ローカルの洋菓子に過ぎなかった「ぴよりん」は、瞬く間に全国区のスイーツになりました。

静岡の果物、野菜はポテンシャルが違い過ぎる!

そんな“ヒットメーカー”が静岡に異動でやってきたのです。ホテル関係者はさっそく、ぴよりんの静岡版の製作を古田製菓料理長に依頼したといいます。

「当初は名古屋の時のようにアイスを作ろうと思っていたが、静岡にある機材的に厳しいということになり、ならばケーキに、となった」(古田製菓料理長)

名古屋コーチンの卵を使ったプリンが特徴の「ぴよりん」に対し、「うちっち」は徹底して静岡にこだわりました。メインとなる食材はすべて静岡産。「正直、静岡の果物も、野菜も他と比べてポテンシャルが全然違う。静岡で暮らし始めたことで、この土地ならではの食材のおいしさ、素晴らしさに気づかされた」。この感動を「うちっち」に込めました。

安心してください!「ぴよりんチャレンジ」はほぼ成功⁉

特に力を注いだと振り返るのが、第1弾。「静岡の代表する食材というとまずは静岡茶。では、フルーツはなんだ?と。お茶に合うものを考える中で、ヒントになったのが家康のお手植えミカン。これを掛け合わせるとやっぱりいい感じだった。では、これで攻めようと」(古田製菓料理長)。出来上がったのは、お茶の緑が鮮やかな“うちっち”の「ぴよりん」でした。

フォルムには、ホテルパティシエとしてのプライドが垣間見えます。「ぴよりん」は、スポンジを粉末状にして散りばめ、ひよこのフワフワ感を再現したのに対し、「うちっち」は、くっきりとした輪郭を意識したといいます。

「『うちっち』は、あくまでフランス菓子をベースにした本格派。かわいくてなおかつ完成度の高いものに仕上げた」と胸を張ります。さらに本家は揺れに弱く、きれいな状態で持って帰るのが難しいとされ、SNS上では「#ぴよりんチャレンジ」なるワードが話題となりましたが、「うちっち」は家に持ち帰っても、よほどのことがない限り崩れません。

「ケーキ1個は微々たるものかもしれないが…」

第2弾のハロウィンでは、静岡が誇るブランド野菜「箱根西麓三島野菜」のカボチャをふんだんに使用。さらに、第3弾は和洋折衷に挑戦しました。徳川家康が命名したとされる静岡を代表する和菓子「安倍川餅」をイメージし、きなこのムース、あんこ、求肥と和のテイストに、こちらも静岡自慢のイチゴ「紅ほっぺ」のコンフィチュールを掛け合わせました。

では、なぜスイーツにここまで力を、そして、愛情を注ぎ込むのでしょうか。古田製菓料理長はスイーツはホテルのブランド戦略の上で重要なツールの一つだと考えているからです。

「確かにケーキ1個は、ホテル内の売り上げ的には微々たるものかもしれないが、それが“ホテルの顔”へと成長した時、ホテル全体に与える影響力は計り知れない」

藤井聡太さんに食べてもらいたい!

ホテルスイーツといえば、軽井沢・万平ホテルの「アップルパイ」、横浜のホテルニューグランドの「プリン・ア・ラ・モード」など、まさに「顔」ともいえる逸品が思い浮かびます。

スイーツを求めて、ホテルを訪れる。ラウンジで美味しいケーキをいただきながら、ゆったりとしたひと時を過ごす。この体験が、新たなリピーターを生むきっかけになる—ホテルの顔となる商品を持つことは、し烈なホテル間競争を勝ち抜く「キラーコンテンツ」のひとつとなり得るのです。

「いつか、藤井聡太さんに食べてもらえたらうれしいですね」と笑う古田製菓料理長。進化を続ける「うちっちぴよりん」は、“見た目+味”をさらにブラッシュアップさせ、客を呼べる「ホテルの顔」を目指します。

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