街の記憶に触れる旅…古民家や古商家を改装、レトロ堪能 今の街と残る「昔」を楽しむ秩父の2ホテル

桐の匠吉棟の畳敷きの客室でちゃぶ台の前に座る出浦洋介さん。右にあるのは定吉さんが作った桐だんす=埼玉県秩父市上野町

■地域まるごと“宿”に 「町住客室 秩父宿」

 秩父市の中心市街地で、空き家となっていた古い民家や商家を改装したホテルが次々オープンしている。かつて絹織物の秩父銘仙で栄えた秩父。レトロな雰囲気の建物に泊まっていると、そこで暮らした人々や街の記憶が伝わってくる。

 市街地に分散する昭和レトロの古民家5棟をリノベーションして、4月に本格オープンしたホテル「町住(まちじゅう)客室 秩父宿」。地元のさまざまな店と連携して、地域をまるごと“宿”に見立てた仕掛けが特徴だ。

 運営会社のパラリゾートちちぶの代表取締役、出浦洋介さん(49)は市内で内装会社を経営。秩父で生まれ育った出浦さんは、市街地の住民が高齢化し、空き家が増えていることが気になっていた。「利用されなければ、いずれ壊されてしまう。昔の建物を残せないか」と思ったのが起業の切っ掛けという。

 5棟のうち、宿泊棟は「桐の匠吉」「箱庭 猿楽庵」「和空間 多豆(たず)」の3棟。「桐の匠吉」は定吉さんという桐だんす・建具職人の工房を兼ねた自宅だった。昭和前期に建てられた建物はウナギの寝床のように細長い。室内に入って目に付くのは桐だんす。この桐だんすには墨書きも残されていて、昭和天皇に見せたというものや、妻のために作ったという記述も。腕利きで愛妻家の職人さんだったのかなと想像してしまう。

 「猿楽庵」は卯作(うさく)さんというおじいさんが住んでいた日本家屋。書と彫刻を愛する趣味人で、自作の看板が各所に掲げられている。室内には囲炉裏もあり、欄間なども手が込んでいる。「多豆」は昭和3年に建てられた。多豆さんというおばあさんが住んでいて、行商人の宿としても使われていたという。「住んでいた人の面影が感じられて、宿泊者から『おばあちゃんの家に泊まりに来たみたい』と言われます」と出浦さん。

 町住客室のもう一つの特徴は、街を回遊する仕組みだ。フロントでチェックインすると、「町歩きパスポート」という木札と街歩き地図が渡される。提携店でこのパスポートを見せると、一品無料などさまざまなサービスが受けられる。

 食事提供は朝食のみなので、夕食は秩父の街へと繰り出すこととなる。提携店は約30店舗。菓子屋やたい焼き屋から、銭湯、秩父名物のホルモン焼き、そばの店、バーやスナックなど、普通のガイドブックにはあまり出てこない地元の人の御用達の店ばかり。「お店の人には『パスポートを持ってきた人には積極的に声をかけてください』と話してある」と出浦さん。地元の人との触れ合いも楽しめるのが魅力だ。

 街の商店の中には、経営者が高齢化し、後継者不足に悩む店も多い。「老舗には宣伝が上手でない店もあるが、魅力的な店主ばかり。会話が弾めばきっと秩父ファンになる。こうして関係人口を増やしていきたい」と話す。

【町住客室 秩父宿】

 フロントは、秩父市上野町17の3(電話0494.26.6061)。素泊まり(おむすびの軽朝食サービス付き)は、平日の2人宿泊で1人2万1600円から(変動あり。現在はグランドオープン記念で2割引き)。

■文化財に泊まる至福 「NIPPONIA秩父 門前町」

 「NIPPONIA(ニッポニア) 秩父 門前町」は、明治から昭和に建てられた商家3棟を改装した分散型宿泊施設。登録有形文化財の建物に泊まることもでき、秩父銘仙の全盛期にタイムスリップしたような感じになる。

 この施設を運営する会社「秩父まちづくり」は、秩父地域おもてなし観光公社と、全国で古民家再生に取り組むマネジメント会社のNOTEなど計4者で設立。昨年8月にオープンした。

 MARUJU(マルジュウ)棟は明治元年から昭和初期に建てられた「マル十薬局」をリノベーション。昔は秩父銘仙の染料を商っていたという。重厚な店構えで、中に入ると約30センチ角の大黒柱、立派な神棚。銘仙で活況を呈していた商家の財力がうかがい知れる。

 レトロな雰囲気の客室。風呂など水回り以外は、極力昔のままを基本としている。人気があるのは蔵を客室にした部屋だ。板を打ち付けたクラシカルな壁。部屋にはテレビや電話、時計もない。「昔はテレビや電話はありませんでしたから。当時の人のようにゆっくりくつろいでください」と、おもてなし観光公社の竹内則友さん(52)。

 ここから歩いて10分ほど、観光客でにぎわう番場通りにあるKOIKE・MIYATANI(コイケ・ミヤタニ)棟は、昭和初期に建てられた旧・小池煙草店と、併設する旧・宮谷履物店からなる。旧・小池煙草店はモダンな装飾が特徴で、昭和初期の商店建築の好例として登録有形文化財に指定されている。開店当初は専売公社にモデル店舗に指定され、写真入りで関係機関に宣伝されたとか。

 2階に上がると、赤じゅうたんにソファーとテーブル。まさに昔の応接間という感じ。「窓を開けると映画のセットみたいですよ」と竹内さん。外をのぞくと、目の前にパリー食堂などレトロな外観のお店が3棟。そこには“リアルな昭和”があった。

 竹内さんによると、秩父は東京に比較的近いのに懐かしい街並みが残っていることも観光客に人気の理由という。「秩父は盆地ということもあって独自の文化があり、はやりに左右されない一方で、再開発が遅れてしまった。でも結果的に、それが貴重な観光資源を残すことになったのだと思います」

【NIPPONIA 秩父 門前町】

 MARUJU棟は秩父市宮側町17の5(電話0494.53.9230)で、フロントと秩父の食材を使ったレストランがある。KOIKE・MIYATANI棟は秩父市番場町17の10で、カフェ(土・日曜営業)も併設している。宿泊料金(夕・朝食付き)は1人1泊3~6万円。

定吉さんの桐だんすの裏に書かれていた墨書き。妻のマツさんとの結婚50周年を記念して「心をこめて愛する妻に贈る」とある=埼玉県秩父市道生町
和空間 多豆棟には石造りのカウンターがあるコミュニティスペース。庭には彫刻家でもある家主の作品も=埼玉県秩父市道生町
歴史を感じるMARUJU棟ののれんをくぐる竹内則友さん=埼玉県秩父市宮側町
モダンな装飾が目を引く旧・小池煙草店(KOIKE・MIYATANI棟)=埼玉県秩父市番場町
KOIKE・MIYATANI棟の客室。赤じゅうたんが懐かしい気持ちにさせる=埼玉県秩父市番場町

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