遺族感情より加害者の更生後に配慮 失われた少年事件記録 裁判所組織の土壌「廃棄は当然」

最高裁幹部から記録廃棄の説明を受けた土師守さん。「子どもの事件記録というだけでなく、この事件は歴史だと思っている」と述べた=2日、神戸市中央区(撮影・大森 武)

 最高裁が調査報告書を公表したのは、5月25日だった。それは、神戸連続児童殺傷事件で命を奪われた土師(はせ)淳君=当時(11)=の命日の翌日に当たる。淳君の父、守さん(67)はこれまで、貴重な記録を廃棄された憤りと失意を切々と最高裁に訴えてきた。少年事件記録ゆえの保存の課題は、加害少年の更生を重視する少年法に基づき、将来の開示を想定していないことだ。最高裁は数々の再発防止策を示したが、少年記録を永久保存する「基準」には大きく踏み込まなかった。 ### ■法改正の契機

 1997年2~5月、神戸市須磨区の住宅街で起きた連続児童殺傷事件は、小学生5人が次々襲われ、淳君ら2人が殺害された。残忍な犯行態様で、「酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)」の名で犯行声明文が神戸新聞社に送りつけられた。さらに、当時14歳で中学3年の男子生徒が逮捕され、社会は騒然とした。

 ただ、当時の少年法では16歳以上しか刑罰に問えなかった。被害者遺族の土師守さんは少年審判の傍聴さえできなかった。

 この事件などを契機に少年法が厳罰化され、2001年施行の改正法では、遺族らに一部記録の閲覧・謄写(コピー)も許された。だが、事件の終局から3年という期限をわずかに過ぎていた。土師さんは閲覧できないまま廃棄を知った。 ### ■少年保護の見地

 「私が(書類に)判を押し、記録を見送った」。神戸新聞の取材に、連続児童殺傷事件の記録廃棄当時、神戸家裁の少年首席書記官だった男性は語った。「そりゃ忘れませんよ」とも。

 最高裁の調査報告書によれば当時、「特別保存(永久保存)」の要件に該当する可能性があると考えたが、神戸家裁で少年記録の特別保存が一つもなく、少年事件は非公開であることなどを理由に廃棄を決めた。

 ほかの少年事件記録の廃棄経緯を調べた結果でも、「プライバシーの問題」「要保護性に主眼」といった職員の言葉が並び、原則廃棄の意識が色濃く表れた。さらに最高裁自身も過去の通達で、「少年に対する記録がなるべく速やかに廃棄されるべきことは、少年保護の見地から見て極めて当然の要請」と言明していた。

 うかがえるのは、「保存し忘れた」というより、「廃棄すべき」と考える裁判所組織の土壌だった。 ### ■記録の保存期限

 少年法は、加害少年の立ち直りを重視し、名前や顔写真などを明らかにし、少年本人を特定できる「推知報道」を禁じる。

 最高裁の意見聴取で、金矢拓(ひらく)弁護士(第二東京弁護士会)は、少年の付添人の立場から「少年自身のための利用が終わった記録は早々に廃棄されるべきと考える者が多い」と訴えた。

 また、小田原少年院で院長を務めた八田(はった)次郎さん(78)は、少年事件記録の保存期限とする年齢「26歳」は、少年院などに加害少年が入所できる上限と説明する。つまり、更生後の人生に影響しないよう、少年時代に犯した過ちは記録廃棄により、外形上は「風化」させる仕組みとなっている。

 対して今回の見直しで、遺族の「一生続く悲しみ」に配慮するなら、例えば命が奪われた少年事件の記録は、一律永久保存などと変更されてもよかった。だが、その選定基準は大枠で見直されず、現状維持となった。(霍見真一郎、金 旻革、谷川直生)

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