少年事件記録、研究者の閲覧許可「ほぼゼロ」 「人格形成過程たどれる」廃棄を疑問視する教授、「活用するなら非公開期間を」の声も

今年3月、男子高校生が教員を切りつける事件が起きた埼玉県内の中学校。神戸連続児童殺傷事件を思い起こす内容も指摘されたが、神戸の事件記録は既に廃棄されている

 神戸連続児童殺傷事件の記録廃棄は、最高裁の保存制度見直しにつながった。だが10年以上、その消失は表沙汰にならなかった。活用するすべがなかったことも大きい。その後、各地で重大少年事件や民事訴訟の記録廃棄が次々判明した。中でも異色だったのは、地下鉄サリン事件などを起こしたオウム真理教に対する解散命令請求の記録と、1999年に女子大生が殺害された埼玉・桶川ストーカー事件の民事訴訟記録だった。両記録の廃棄は、ある大学生の確認で表面化した。

■学生傍聴人

 裁判記録は、一般人にとって極めて遠い存在と言える。そもそも、裁判を傍聴した経験がない人は多い。

 国学院大学法学部で学び、インターネット上で「学生傍聴人」を名乗る澤出伸之さん(21)は、趣味での裁判傍聴が700件を超えた。中学時代に授業で取り組んだ模擬裁判から法廷に関心を持ち、高校時代に傷害致死事件の刑事裁判を傍聴して衝撃を受けた。「人間の生々しさに引き込まれた」

 ところが、民事裁判は公開とはいえ、文書の提出だけで終わるのが大半だ。何とか審議内容を知りたいと手を伸ばしたのが、裁判記録の閲覧だった。サリン事件も桶川ストーカー事件も、生まれる前の出来事。「記録を見たい」と裁判所に申し出ると、「廃棄した」と返されたという。

■データの山

 少年事件記録は、2001年の改正法施行で一部を被害者が閲覧できるようになったものの、原則は非公開だ。最高裁によると、全国で年間数百人から千人以上の閲覧許可が出ているが、大半は事件の被害者といい、「直接関わりがない第三者、とりわけ研究者らへの許可は把握していない。事例がないか、あったとしてもまれ」とする。

 少年事件記録の研究資料としての価値を、国際医療福祉大学の橋本和明教授(犯罪心理学)は「データの山」と評する。橋本教授はかつて、家裁の調査官だった。「裁判所職員を続けていれば廃棄に疑問を持たなかっただろうが、研究者になって変わった」と語り、記録は事件処理だけではなく、暴走族など時代を象徴する非行行為の研究や、少年の家庭環境の分析などに活用できると気付いたという。

 また、筑波大学の土井隆義教授(犯罪社会学)は「少年の生活史から人格形成過程をたどる研究もできるし、少年司法の妥当性に関する研究もできる」と指摘する。

■公開ルール

 最高裁は調査報告書で、廃棄した文書に「時代や世相を映す資料となりえる記録や審理過程の検証や研究に利用される可能性があった記録が含まれていたと見込まれる」とした。そして、国立公文書館への記録移管を検討すると打ち出した。

 ただ、元家裁調査官の熊上崇・和光大学教授(司法犯罪心理学)は、記録の一律公開は「立ち直りを重視する少年法の理念に反する」と警鐘を鳴らす。少年との信頼関係に基づいて聞いた複雑な家庭環境などの記録が公開されると、就職など後の人生に影響を及ぼしかねない。熊上教授は「もし研究目的で活用するなら、非公開期間を長く取り、守秘義務を含めたルール作りが必要だ」と強調する。

 少年事件記録の永久保存と公開の在り方は、裏表の関係だ。すぐに公開する必要がなくとも、将来的な活用の仕組みは求められているのではないか。(霍見真一郎)

© 株式会社神戸新聞社