「第三者委」の存在が裁判所の風穴に 事件記録保存へ国民目線で保存に助言を

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 1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件の記録は、誰にも知られず捨てられていた。当時14歳で逮捕された「少年A」に関する証拠となる文書が消え、「Aは冤罪(えんざい)」との陰謀論もささやかれた。保存と廃棄の線引きが国民感覚と乖離(かいり)し、司法手続きに疑念が芽生えた。最高裁は5月の調査報告で、外部の意見を事件記録の保存に反映させる「第三者委員会」の設置を打ち出した。その存在は、適切な記録保存に実効性を持たせる「鍵」となる。 ### ■廃棄の意味

 「記録は、そもそも誰のものと認識しているのか」。連続児童殺傷事件の記録廃棄が報道されてから約2週間がたった昨年11月2日。衆院法務委員会で、立憲民主党の議員が最高裁幹部に詰め寄った。同じ質問を3回受け、小野寺真也総務局長は観念するかのように答弁した。

 「記録は国のものであり、それはすなわち国民のものと理解している」

 少年審判は非公開。同事件で少年Aの審判を担当した神戸家裁の井垣康弘元判事と、精神鑑定をした神戸大の中井久夫名誉教授は昨年、相次いで亡くなった。同じ昨年、ブラックボックスの審理過程を唯一残す記録の廃棄も判明した。

 裁判所の記録保存は、内規でしか定めがない。調査報告で内規違反の有無を問われた小野寺総務局長は「厳密に違反かどうかについて事実認定していない」と答えた。処分の有無は明かしていない。 ### ■法律と同等

 裁判官や裁判所職員は、国家公務員だ。そのため少年事件記録など、裁判所で作られる文書は「公文書」となる。しかし、司法文書は公文書管理法の対象に想定されていない。「三権分立」が壁となり、立法府が司法府を縛る法律は作りにくい。それでも相次ぐ廃棄に、事件記録の保存を法律で定めるという考え方もあった。

 ただ、公文書管理に詳しい龍谷大法学部の瀬畑源(はじめ)准教授(47)は、これに反対する。特別保存(永久保存)を義務化する法律を作る趣旨を理解しつつも、「逆に考えれば、政治家に都合の悪い記録を裁判所に捨てさせる法律も作れる」と指摘。内規である最高裁の「規程」には法律と同等の効力があり、運用面で改善策を考えるべきと強調した。

 最高裁は、新設する第三者委員会は法律家だけでなく、報道関係者や公文書管理の専門職「アーキビスト」らで構成すると説明した。外部の視点を反映させるには、人選も議論の仕組みも問われている。 ### ■ルール以前

 連続児童殺傷事件の被害者遺族である土師(はせ)守さん(67)は今月2日、最高裁幹部から記録が廃棄された経緯の説明を直接受けた。記者会見の場で、土師さんの代理人の井関勇司弁護士(80)は「最高裁の態度が変わり、謝罪や記録保存にかじを切ったのはマスコミの力と理解している」と口にした。

 だが、報道を後押ししたのは、ニュースに接した人たちの「あの事件の記録を捨ててしまうなんて」という強い違和感だったに違いない。法律や内規といったルール以前の問題だった。

 その意味で、5月の調査報告は、裁判所の評価を左右する局面だった。最高裁は責任を率直に認め、謝罪した。大きな一歩を踏み出したと言えるが、再発防止策の実効性が問われるのはこれからだ。

 一連の事件記録廃棄問題は、司法に対する私たちの「漠然とした信頼」を見つめ直す機会を生み出した。(霍見真一郎)

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