未明の海に落ちた「釣りの師匠」、係留用ロープ命綱に40分引っ張り続け 救助の男性2人に善行表彰

80代の「師匠」を救ったとして県の善行賞「のじぎく賞」を受けた奥田孔男さん(右)と有吉伸介さん=長田署

 「海にはまった」-。神戸市長田区の海にいた釣り人2人のスマートフォンが立て続けに鳴った。まだ時刻は日の出前。声の主は、その腕前から「釣りの師匠」と呼ばれる80代の男性だった。釣り仲間から届いた緊迫のSOSに、有吉伸介さん(75)=灘区=と奥田孔男(よしお)さん(64)=西宮市=が救助に走った。(千葉翔大)

 5月11日午前5時前。有吉さんは同区苅藻島町の沖合約1キロで、プレジャーボートを操縦していた。スマートフォンが鳴り、師匠の声がこう告げた。

 「水にはまりました。すぐ係留場所に戻ってください」

 直後、同じ係留場所から出船したばかりだった奥田さんのスマホにも着信が入った。「奥田さんどこにいる?」「海にはまっている」。すぐに引き返した。

 有吉さんと奥田さん、そして師匠は10年来の知人。釣りが趣味で、それぞれボートを所有し、同じ場所に係留する。その縁で釣果を報告し合い、釣れた魚をお裾分けするなどしてきた。

 ただごとではない仲間の一大事。最初に師匠を見つけたのは奥田さんだった。係留場所の桟橋とボートの側面にできた幅50~60センチの隙間から両腕が伸びていた。男性は首まで海につかり、必死に両手で桟橋にしがみついていた。船に乗り込む前に落ちたのか、まだ師匠は救命胴衣を着けていなかった。2人にSOSを発した師匠の携帯電話は海水につかっていた。

 水深が約4メートルある場所。奥田さんは、桟橋にあった頑丈な係留用ロープを師匠の両脇に引っかけて命綱代わりにした。「1人で引き上げようとしたが、ダメだった」。師匠の防寒着が海水を吸い、服の重さは倍以上に感じた。奥田さんは桟橋の上から、師匠の顔が波にのまれないように、体に巻き付けたロープを引っ張り続けた。

 およそ15分後、有吉さんが沖から駆け付けた。2人で師匠の腕をつかんだが、落ちた隙間は幅が狭く、引き揚げられない。「手を離さないでくれ」。師匠の思いに、2人は「桟橋の先から上げよう」と決め、桟橋との幅が広くなる船尾近くまで師匠の腕を引いていった。2人も海に転落する危険はあったが、師匠を支え続け、ようやく引き上げた。落水から約40分がたっていた。

 救急車で搬送された師匠の体温は、およそ33度。一般的に体の深部の温度が35~32度になると血圧が上昇して震えが出る。32度以下になると、意識障害や脈拍の低下が生じ、最悪の場合は亡くなる恐れもあった。師匠は1週間ほど入院したものの、現在は釣りを再開したという。長田署は救助の功労に対し、有吉さんと奥田さんに県の善行賞「のじぎく賞」を伝達した。

 有吉さんは「低体温症が重症化する前に助けられてよかった。落水しないように釣り仲間で意識を高めたい」。奥田さんも「海の危険はお互いさま。事故に気を付けて釣りを楽しみたい」と話し、そろって白い歯をのぞかせていた。

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