マシンの壊れ方から考える設計思想。マルケス&ザルコのクラッシュ/MotoGPの御意見番に聞くドイツGP

 6月16~18日、2023年MotoGP第7戦ドイツGPが行われました。ドゥカティの表彰台独占が続くなか、マルク・マルケスがクラッシュした際にヨハン・ザルコに突っ込み、最終的には5度も転倒して決勝を欠場するなどホンダ勢が苦戦しました。

 そんな2023年のMotoGPについて、1970年代からグランプリマシンや8耐マシンの開発に従事し、MotoGPの創世紀には技術規則の策定にも関わるなど多彩な経歴を持つ、“元MotoGP関係者”が語り尽くすコラム第9回目です。

※ ※ ※ ※ ※ ※ 

さっそくですが、今回のレースもドゥカティが表彰台を独占する結果になりましたね。

 スプリントではKTMのジャック・ミラー選手が予選の速さそのままに3位に食い込んだけれど、決勝は上位5台がドゥカティと言う文句のつけようのない圧勝だったね。それにスプリントも決勝もサテライトチームのホルヘ・マルティン選手が、ファクトリーのフランセスコ・バニャイア選手を抑えて勝ったというのも特筆すべきかな。

 それにしても前戦のムジェロでの圧勝は想定範囲としてもだよ、最高速度が60km/hも低いコンパクトなこのトラックでも他車を寄せ付けないドゥカティの強さには怖れいったね。

 ライダーの層も厚いから、トラックごとにライダーの得意・不得意があったとしても、もはや勝つのはドゥカティの誰かという図式になりつつある。これは困ったことになった(笑)

個人的には左回りが得意なマルク・マルケスがやってくれると信じていたんですが、散々な結果でしたね。

 2010年から125cc時代を含めて出走したレース11戦は全て優勝で、ザクセンマイスターとかザクセンキングとか呼ばれていたみたいだけれど、それだけに本人の気持ちが先走っていた感じは否めないね。レース当日のウォームアップでクラッシュしてさすがに諦めたけれど、それまでに4回転倒して既に満身創痍だったに違いないので、賢明な判断だっと思うね。

 それにしても初日の1コーナーの転倒シーンは、何度見直しても「これで転倒するのか?」という印象が拭えないし、その後に起こったヨハン・ザルコ選手とのクラッシュシーンは本当に危なかった。ふたりとも打撲程度で済んだのは本当にラッキーだったとしか言いようがない。

P2でのヨハン・ザルコとマルク・マルケスのクラッシュ/2023MotoGP第7戦ドイツGP

その後のふたりの事故原因を巡っての応酬はあまり良い印象では無いですよね。

 マルケス選手の言い分はある意味正しいのだけれど、原因を作った側としては被害者に対する配慮が欠けているコメントだったと言えるね。今更言ってもしょうがないと思うけど、あの事故は起こるべくして起こったわけで、原因はサーキットの構造的欠陥だよ。

 そもそもコースインするマシンがブレーキングをミスしてオーバーランしたマシンと交錯する危険性があるのは誰の目にも明らかだろ。現にアレックス・マルケス選手もコースインの際にマーベリック・ビニャーレス選手が転倒して突っ込んできたので危うくザルコ選手の二の舞になるところだった。

 本来ならパドック側にピットレーンを設けて、トラックの内側からコースインしないと事故は避けられない。それをしなかったのは狭い敷地にむりやり国際格式のサーキットを造成した経済的理由が透けて見えるね。

 あれで重大な人身事故が起きたらサーキット側の「不作為の罪」が問われるのは間違いない。

転倒を喫してしまったマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)/2023MotoGP第7戦ドイツGP

「不作為の罪」ってなんですか?

 簡単に言うと、やるべきことをやっていないという罪。もしあれが一般公道だとしたら、事故が起きたら行政が訴えられるレベルだと思うね。もちろん公道なら進入側が手前で一時停止だけどね。そうか! 事故を恒久的に防ぐためには、マシンがストレートに表れた時点でコースインをさせないってのが唯一有効な施策かも。

 話は変わるけど、あの事故でひとつ気になったことが有るんだよ、元エンジニアの性で(笑)

と言いますと、何か重大な発見があったとか?

 マルケス選手のマシンがザルコ選手のマシンにヒットした時の映像を見ただろう?

 あの時、ザルコ選手のマシンはフロントエンドがもぎ取られたように見えたんだ。恐らくはヘッドパイプの溶接部から破断したと思うけど、一方で同じセッションで中上選手が転倒してマシンがグラベルに捕まった際には、フロントフォークがクランプの直下から破断していたんだよ。

 僕の経験上、クラッシュした際にフロントフォークがクランプ直下で折れたというケースは記憶に無いんだ。ヘッドパイプが破損したり、ステアリングシャフトが折れたりというのは有るんだけどね。

つまりマシンの壊れ方が、なにか普通じゃないと感じたのですね。

 そういう事。もしホンダのフロントフォークが特注で、フロントフォークをヒューズにしてフレームを保護するという設計思想ならあの壊れ方も納得できるけれど、そうでないとするとフレームが強すぎるという事が言えるかもしれないね。

 だとするとフロントからの転倒が多い事の関連性を疑う必要がある。逆にフロントフォークを意図的に弱くしている場合には、荷重がかかった際のアウターチューブの微妙な変形が作動性を阻害している可能性も否定できない。

 何れにせよ、これまでのジョアン・ミル選手の転倒の多さ、今回のマルケス選手の転倒を見ると、やはりライダーのスキルや適応力だけでは如何ともしがたい問題をフロントに抱えているという事はハッキリしたね。

ファビオ・クアルタラロとフランコ・モルビデリ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)/2023MotoGP第7戦ドイツGP

ところでもう一方の日本メーカーついて何か気づきはありましたか?

 残念ながら無い。結果だけ見るとマシンの戦闘力が昨年より落ちているような印象だけれど、周りの進歩に付いていけてないだけなのかも。一昨年チャンピオンを獲得し、昨年もチャンピオン争いをしていたのはファビオ・クアルタラロ選手の卓越したスキルと、ある程度運が味方していた結果だったのかも。

 色々テストしたのにも関わらず成果が見られない現状にモチベーションが低下したクアルタラロ選手が、フランコ・モルビデリ選手と争っている現状がマシンの現在地を端的に示しているのかもしれない。次のアッセンはヤマハとの相性が良いとされているトラックなので、どうなるか注目してみようじゃないか。

© 株式会社三栄