東映元社員「夢与える“ヒーロー番組”に誇り」も…“セクハラ被害”で労災申請

記者会見にのぞむA氏。東映に対し「こんな会社がヒーロー番組を作るなんて矛盾している」と話す(6月23日 霞が関/杉本穂高)

東映の元社員(20代女性)が、就業中に受けたセクハラと過重労働によって精神疾患を発症したとして、労災認定を求める申し立てを行ったと記者会見で明らかにした。

東映の元社員Aさんは、2019年4月に東映に入社。同年6月にテレビ企画制作部に配属され、同年から2021年にかけてセクハラ被害と過重労働被害により体調が悪化。2021年6月に休職し、7月に精神科で適応障害の診断を受けた。

Aさんは、2019年『死神遣いの事件帖』や2020年『相棒』の現場で過重労働を強いられた上、年長スタッフからしつこいLINEや現場で手を握られるなどのセクハラ被害も受けていたという。東映社内の相談窓口に相談するも不適切な対応が続いたとのこと。その後、2020年9月には『仮面ライダーリバイス』のアシスタント・プロデューサーに任命されたが、固定残業制の導入と常態化する長時間労働によって体調が悪化、2021年6月に休職を余儀なくされ、精神科を受診、適応障害の診断を受けた。診断では、すでに2020年2月7日の時点で希死念慮(強い感情を伴った自死に対する思考、観念が散発的に出現する状態)などの体調不良がでており、発症時期は診断前にさかのぼることになった。

発症時期である2020年2月7日までの1か月間の残業時間は休憩なしの計算で143時間を超え、朝の5時から深夜までの長時間就業が常態化している状態だったという。また、撮影所に近い30人ほどが暮らす“男子寮”に住まわされたが、女性が暮らしていることが周知されておらず、配慮のない状態で、心が休まる時間も取れなかったようだ。

Aさんはこれまで精神疾患を発症したことはなく、私生活上の精神的負担も特段ないことから、こうした業務の状況以外に発症の要因は考えられないという。

労働基準監督署による「是正勧告」「セクハラ認定」

Aさんは、2021年9月に総合サポートユニオンとともに東映と交渉を開始。その時点では会社も長時間労働を認めるような発言があったという。しかし、その後の3度にわたる団体交渉では、東映側の交渉姿勢は「長時間労働はこの業界では当たり前だ」といった発言や、「Aさんの能力不足ではないか」など被害者側に責任があるかのような態度で、非常に不誠実なものだったと話す。

また、Aさんが所属していたテレビ企画制作部の部長にも団体交渉への出席を求めたが、20分しか参加しないなど、団体交渉を軽視する態度が目立ち、交渉の場自体が当事者にとって大きなストレスになる状況だったという。

こうした状況を踏まえて、Aさんが労働基準監督署に申告をしたところ、是正勧告がなされた。また、弁護士をまじえた第三者調査委員会ではセクハラも具体的に認定されることとなった。

しかし、是正勧告とセクハラ認定を経ても東映からは賠償の提案や、労働環境改善についての具体策の提示もなかったことから、労災申請をするに至ったとのことだ。

労災申請にあたり東映側に事業主証明を求めたところ、「認識に相違がある」として出せないという返答だったという。事業主認定がなくても労災申請は可能だが、いまだに非協力的な態度が続いているようだ。

映像業界全体が抱えている問題

労災申請をすることを決めたAさんは、会見で「日々良くならない労働状況に悲鳴を上げながらも、暑い日も寒い日も、子どもに夢を与えるヒーロー番組を作れることに誇りを感じていた」と語った。

70時間以上は残業代が出ない固定残業制の中、現場は慢性的な人手不足に陥っていたそうで、アシスタント・プロデューサーの大量離職なども起きていた。そうした状況から、Aさんは東映側も現状を問題と考えているはずだと思っていたが、一向に改善されず再発防止策も不十分な状態で、社内で針のむしろのような視線をぶつけられて、ついには退職することになったという。

Aさんは、この問題は東映だけでなく映像業界全体が抱えているものだと主張。「早朝から真夜中まで仕事が終わらず、いつ怒鳴られるかわからない中、多くのスタッフが睡眠不足でイライラしていて、どれだけ頑張っても賃金は上がらない。そんな中、いつ男性から肩や腰を触られるのかわからない」と映像業界の労働現場の実態を語る。

また、今回声を上げたことでAさんの元には、他のセクハラ被害者からダイレクトメッセージが届くこともあるという。映像業界はフリーランスが多いことで、声をあげにくい実態が伺える。Aさんが泣き寝入りしなかったことで、第三者委員会が開かれ、セクハラが明らかになったが、賠償の話は東映から出ることはなかった。それどころか、残業代の計算方法をAさんだけ不当に変えられ、7万円しかもらえなかったという。この金額はAさんが自身で計算した額と100万円以上の差があるという。

Aさんは東映の不誠実な対応を見る度に、「こんな会社がヒーロー番組を作るなんて矛盾している」と感じているそうだ。「東映には業界最大手としての自覚を持って、環境改善に向き合ってほしい」(Aさん)。

Aさんは東映を退職した後、もの作りに携わりたいとメディア・映像業界で就職活動をしたが、セクハラを告発するブログがSNSなどで話題になったことで、「最終面接まで進んだ会社から『これ君だよね』と言われて、断られた」といい、今は別の職種でデスクワークをしているという。

Aさんを支援する総合サポートユニオンは、訴訟を起こす準備について「具体的には予定していないが選択肢のひとつとして考えている」と説明。Aさんは、「賠償請求を第一に考えている」とした上で、「セクハラを認めたことを速やかに公式サイト等に掲載し、不適切な対応も謝罪、将来の夢をなくされ人生をくずされたことに対してつぐなってほしい」と訴えた。

現在Change.orgで署名運動が行われており、今後ユニオンとAさんが考えた和解案と再発防止策をそえて東映に送る予定とのことだ。署名サイトはこちら(https://chng.it/RvjWxk6SKR)。

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