言葉も文化も違う街、炭酸せんべい店で懸命に ウクライナから避難の18歳男性「日本でしかできない仕事」神戸

炭酸せんべいを焼くマリー・ダニエルさんと、火加減を調整する平野屋本舗の平野雅之社長=神戸市北区有馬町

 神戸市北区の有馬温泉にある炭酸せんべい店で、戦禍のウクライナから避難してきた青年が働いている。言語の壁が立ちはだかったが、1枚ずつ手焼きする職人技を身ぶり手ぶりで教わった。母国の惨状に胸を痛めながらも「日本でしかできない仕事」とやりがいをにじませる。

 昨年4月、首都キーウ(キエフ)から家族4人で避難してきたマリー・ダニエルさん(18)は、1958年創業の平野屋本舗で短期アルバイトとして働く。有馬温泉観光協会と兵庫県国際交流協会の呼びかけに、手を挙げた。

 今月1日に働き始めてすぐ、店先の焼き台を任された。火の通りを見極めて約10本の鉄板を操る。きつね色に仕上げた出来たてを硬くなる前に顧客に手渡す。着実な仕事ぶりに、社長の平野雅之さん(56)は「飲み込みが早くて助かる」と太鼓判を押す。

 

一人の従業員

 店には英語やウクライナ語を話せるスタッフはいない。タブレット端末で翻訳しながら会話を試みるが、込み入った内容は難しい。

 黙々と仕事に励むダニエルさんを見やり「さみしい思いをさせていないか」「楽しんでもらえているか」と心配する。一方で「お客さん扱いはしたくない。一人の従業員として働いてもらっているので、そこは対等でありたい」とも。

 普段はダニエルさんが鉄板を握り、平野さんが接客する。多い日は400枚超を焼き、疲れが見えると、平野さんが「チェンジ」と声をかける。

 「言葉が通じなくても、何となく疲れてきてるなというのも分かるようになってきたね」

 ダニエルさんも慣れてきたのか、仕事中に鼻歌が交じることもある。そんな姿を見ると、平野さんは少しほっとする。

 

怒り、悲しみ、恐怖

 ダニエルさんは、家族と神戸市北区で生活しながら週5日、店で働いている。「言語もライフスタイルも文化も完全に違っていて、難しいです」と、流ちょうな英語で異国の暮らしに対する戸惑いを漏らす。

 母国とロシアを巡るニュースを見ると、悲しみや怒り、恐怖を感じる。「早く戦争が終わることを、いつでも祈っている」と声を落とす。

 それでも、炭酸せんべいを焼いたり、袋や缶に詰めたりする仕事に、社会とのつながりを感じられるような気がしている。

 ダニエルさんは、近くポーランドの大学に進む予定で、アルバイトは25日まで。「仕事は面白い。お店の皆さんはフレンドリーでいつも助けてくれます」とほほ笑む。初めて食べた炭酸せんべいの感想を聞くと「おいしい」「好き」と日本語で答えてくれた。

 平野さんは「母国が大変な状況で、きちんと仕事をしてくれてありがたい」と感謝しつつ、「うちで学んだ技を生かしてウクライナに支店を開いてくれへんかな」と、弟子による炭酸せんべいの世界進出にひそかな期待を寄せる。(大田将之)

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