無資格の帝王切開は動物虐待に当たらない?…裁判でこみ上げた怒り 京都ブリーダー事件の公判を傍聴して【杉本彩のEva通信】

初公判を傍聴するため京都地裁に訪れた杉本彩さん

繁殖犬の帝王切開など無資格者による獣医療行為が横行している。このコラムでも何度も取り上げてきたが、当協会Evaが刑事告発し、ようやく事件化した長野県松本市の繁殖業者アニマル桃太郎の元代表と従業員による無資格の帝王切開は、少なくとも15年以上前から行われていたことが裁判で明らかになった。そして今回、同様の虐待事件の公判を傍聴し、無資格者による帝王切開などの医療行為が特別なことではなく、悪質な業者の中で常態化していることを確信した。

その事件を報道で知ったのは2月末。またもや犬の繁殖業者による虐待だった。京都府京丹波町に事業所があるチワワ・ボストンテリア・パグ・フレンチブルドッグ等の犬のブリーダーの元代表の男が、獣医師免許を持っていないにもかかわらず、犬の帝王切開を行っていた。その内容は、昨年10月に事業所内で、フレンチブルドッグ2頭に個体認証用のマイクロチップを注入器で装着。また同月、フレンチブルドッグ3頭とボストンテリア3頭に帝王切開をし、獣医師法と動物愛護法違反の疑いで、代表の男とその妻が逮捕された。しかし、検察の公訴事実は、それ以上の数に上っている。令和4年10月から、おそらく2、3ヶ月の間に21回、21頭の犬に麻酔をかけ帝王切開をおこなっていた。また13年前から夫婦は共謀し、元代表は帝王切開を行い、妻は補助をしていたこともわかっている。平成29年から保健所の指導を受けていたが、無視して続けていたのだ。

■取り下げられた動物愛護法違反

4月、京都地裁で行われたこの初公判を傍聴し、驚きと同時に怒りが込み上げた。何故なら、逮捕当初の容疑であった動物愛護法違反が取り下げられ、罪に問われていたのは獣医師法違反のみだったからだ。これは傍聴して初めて知った事実である。この事件においては、当協会が告発者ではないため、その理由を知る術はない。しかし、その理由がもし、松本市のアニマル桃太郎の無資格者による無麻酔での帝王切開とは違い、麻酔をしていたからだとしたら、到底納得いかない。当然だが、麻酔の量やタイミングはもちろんのこと、獣医学の知識がない獣医師の資格を持たない素人が、帝王切開という高度な手術を安全にできるわけがない。母犬にも仔犬にも大きなリスクがあることは言うまでもない。しかし、両被告の弁護側は、「やったことは認めるが獣医師法に違反しているか慎重に検討して欲しい」と呆れた弁護をした。

今回の事案は、本来ならば無資格者による殺傷の罪(動愛法44条1項)でも問うべき虐待行為である。麻酔の有無に関係ない。人間に置き換えて考えればわかること。利益のために命を危険にさらし、無資格者が医療行為をするというのは、人にも動物にも同じく非道な行為であり犯罪なのだ。

■無罪主張の言い分に疑問

そして6月13日、第2回公判の傍聴を終え、ますます怒りが込み上げた。両被告共に公訴事実に変更はないが、構成要件に当たらないとし、無罪を主張した。要するに、無資格の帝王切開などの医療行為は、犬に危害が及んでも、また危害が及ぶかもしれないが、違法ではないと主張したわけだ。どう考えても社会通念上、受け入れられる主張ではない。しかし、どうしてこのような主張になるのだろうか。それは、獣医師法第十七条にこう明記されているからだ。

『獣医師でなければ、飼育動物(牛、馬、めん羊、山羊、豚、犬、猫、鶏、うずらその他獣医師が診療を行う必要があるものとして政令で定めるものに限る。)の診療を業務としてはならない。』

どういうことかと言うと、この場合は繁殖業者の自己所有の犬であり、自己所有の動物は飼育動物に当たらないため、診療業務とは言えない。診療業務に限定されていることから、お金をもらって診療していないので、獣医師法第17条に抵触しない、という理屈なのだ。 畜産業における除角、断尾、歯切り、烙印も獣医師とは限らず行われていることから、医療行為を業としていないので、今回の帝王切開やマイクロチップの装着は診療ではない。すなわち無罪だと主張している。畜産動物はよくて犬にだけは違法なのか。自己所有である牛や豚と同じく、情状に考慮されなければならない、と弁護している。常識で考えれば屁理屈でしかない。けれど、この裁判では何故か獣医師法違反しか問われていないため、すでにこの時点で、この非道な行為を厳正に裁くことが困難になっている。しかも獣医師法は、動物を守るための法律ではなく、あくまでも獣医師の利益を守るための法律であるため、このようにおかしな主張を弁護側はしてくるのだ。

しかし、利益を得ていないからといっても、コストを削減するために獣医に診せず自分達で医療行為を行っていたということは、獣医師が本来得るはずの利益が間接的に損なわれていたわけだ。これも獣医師にとって不利益な話しであることから、獣医師法違反ではないのか。しかし、それ以前の問題で、このような行為が動物愛護法で裁かれないこと自体問題である。何のための動愛法なのか。利益を得ているか否かや、自己所有の動物かどうかなど関係ない。健康と命を軽視され、ぞんざいに扱われ、不当な利益のために搾取され、苦しめられてきた被害動物がいる。それは紛れもない事実なのだ。それなのに、獣医師法を逆手に取った強引なこじつけの理屈で、犯した罪を免れようという不届きな両被告。すべてに納得のいかない裁判だ。

■悪しき前例を作らないために

今回、当協会は、動愛法違反の愛護動物傷害罪(動物愛護管理法第44条1項違反)で再捜査の上、訴追していただくよう、京都地方検察庁宛に要望した。この段階で、この要望が裁判に影響することはないかもしれないが、だからといって何もせずにはいられない。何故なら、現在、動愛法違反にも問われず、しかもこの先獣医師法さえも無罪となったら、自己所有の動物は、今後飼い主が好きに扱っていいという、悪しき前例を作ってしまうことになるからだ。これでは動物の安全性が担保されなくなってしまう。当協会は引き続き、厳しい処罰を願いながら、この裁判の行方をしっかりと追及していきたいと思う。(Eva代表理事 杉本彩)

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 杉本彩さんと動物環境・福祉協会Evaのスタッフによるコラム。犬や猫などペットを巡る環境に加え、展示動物や産業動物などの問題に迫ります。動物福祉の視点から人と動物が幸せに共生できる社会の実現について考えます。

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