屋号は「おタキ」滝巡りに魅せられ…趣味から登山ガイドに 全国1500超を行脚「自分でいられる場所」

登山ガイドの中辻郁美さん。「マイホーム滝」という白龍の滝を背に=丹波市春日町多利

 「おタキ」の屋号で登山ガイドをしている。由来はある友人の冗談。「そんなに滝が好きなら『おタキちゃん』に改名したら?」。自分にぴったりの名前だと、本名・中辻郁美さん(40)=兵庫県丹波市=は思う。瀑布(ばくふ)巡りに魅せられて約20年。命名されたものだけでも全国1500カ所以上に「会いに」行き、ついには趣味から仕事にした。好きを突き詰める中辻さんにとって、滝とは。(那谷享平)

 「自分にとって『滝を見るな』というのは『死ね』と言われるのと同じ」。無尽蔵の行動力とはギャップのある、落ち着いた口調で言う。

 北海道から沖縄まで、休暇の度に遠征してきた。日の出から日没まで最短ルートの登山と車移動。多ければ1日に20カ所を巡るが、数を追い求めているわけではなく、時には1カ所で1日過ごす。独り言を言ったり、しぶきを浴びたり、自由に振る舞う。

 幼少期にも丹波市の実家近くの滝で遊んだが、これほど魅入られたのは21歳の時。父と訪れた養父市の「天滝」がきっかけだった。

 落差98メートル。本当に天から水が降るように見えた。水は誰と構わず流れ落ち続ける。その当たり前の事実に思いがけず、どうしようもなく驚いた。「訳が分からない。昔の人の自然への信仰心は、こんな感情だったのかも」と振り返る。

 天滝は全国の百選に入る名瀑。「こんなにすごいものが100カ所もあるなら全て見たい」と心が躍った。その後、20代半ばに貯金で愛車を買った。方向音痴の自分も、カーナビがあればどこへだって行ける。「何かが爆発」し、人生が変わった。

 各地を回れば回るほど、形状や流れ方の違い、天気による表情の変化に気付く。流れてくる1枚の葉や顔にかかるしずく、水に削られた岩盤の手触り…。滝と共に流れた長い時間に思いをはせ、胸が熱くなる。

 時には不思議な感覚を味わう。滝つぼで浮いていると、滝と自分だけの世界になり、日常の常識や規範、思考までが水に溶け、消えてしまうみたいに感じる。滝は「自分が自分でいられる場所」という。

 日本は滝王国で、行脚に終わりはない。この熱情が他人に理解しがたいとは自覚している。世間の「普通」から外れている気がし、思い悩んだこともある。でも何があっても離れられない以上、仕事にしようと思った。

 2020年、「日本山岳ガイド協会」のガイド認定を受け、以来、月の半分は関西の山々を歩く。滝で童心に返るツアー客の姿にやりがいを感じている。

 水辺を離れれば2児の母。子どもには「自分の姿を通して『大人になるのは楽しい』『好きなものがある人生は楽しい』と伝えたい」と話す。ガイドの問い合わせは「登山ガイドおタキ」のホームページから。

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