虐待と黙認

 足の親指が曲がる外反母趾(がいはんぼし)は、爪先が細い靴や、かかとが高い靴を長く履くと、かかりやすいという。以前、五行歌の歌誌にあった。〈外反母趾の老女の足を/丁寧に洗えば/「ダンスしてたの 若い頃」/車椅子の上から/秘密がポツリ漏らされる〉▲作者は女性だが、介護の仕事の一場面と想像する。心を込めて足を洗えば、相手の心の“秘密の扉”も自然と開く。人の世話をする、手助けをするという仕事は、体だけでなく心もせっせと働かせる営みなのだろう▲その心のかけらも見当たらない。東京都府中市の社会福祉法人で、副理事長だった男性がほぼ10年間、知的障害のある利用者に虐待を繰り返し、市は何度も通報を受けながら長年、目をつぶっていたことが分かった▲利用者に「うるさい」と怒鳴る。頭を殴り、ビンタをする。家族や職員が都、市、労働基準局に連絡や通報をしても、音沙汰はほぼなかったらしい▲市職員OBという元副理事長への遠慮や黙認はなかったか。“元凶”は暴力的な言動で周りを脅(おびや)かしたとみられるその人物だとしても、心をせっせと働かせる営みを忘れていたのは1人に限るまい▲怒鳴る、殴るという文字を見た後だからか。「ダンスしてたの 若い頃」と人生の小さな秘密を明かす心のやりとりが、やけに優しく胸に響く。(徹)

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