プロ野球“度を越した”「ヤジ」に法律的リスクも? 「球場での応援」 アウトとセーフの境界線とは

観客でも“退場”になってしまう「アウト」があった…(SHIN / PIXTA)

感染拡大防止のために足かせの多かったコロナ禍を経て、今シーズンから声だし応援が解禁され、応援団の生演奏も復活したプロ野球。球場ににぎやかさが戻り、観客動員数も回復してきた一方で、コロナ禍では鳴りを潜めていたある問題が時折ニュースになっている。声だし解禁で復活したヤジをはじめとする観客の応援マナーだ。

声だし応援解禁“ヤジ問題”再浮上

4月中旬には、一部の球団が相次いで「誹謗中傷するヤジ」や「侮辱的な替え歌」をやめるようホームページなどで注意喚起を行った。

そのひとつである阪神タイガースによれば、もともと「他球団の応援歌の敬意を欠いた替え歌やチーム・個人を誹謗中傷するようなコールは、残念ながらコロナ禍前から一部の心ないファンにより行われており、当時から球団としてもふさわしくないものと考え、球団OBを起用した応援マナーVTRをビジョンで放映するなど、啓発を進めていた」という。

コロナ禍では応援が制限されていたためにこの問題は鎮静化していたが、声だし応援の解禁によって再燃。そこで、改めて周知を図ったのが今年4月の“お願い”だったといい、広報担当者は今後についても「阪神タイガースでは引き続き、来場者に対しての応援マナーの啓発を進め、皆様に快適な観戦環境をお届けできるように取り組んで参る所存です」と回答している。

快適な観戦環境を届けたいという思いは、どの球団も同じだろう。ほとんどのファンもまた、快適な環境でベストなプレイを見たいという思いを持っているはず。その思いを空回りさせないためにも、観客に求められるマナーについて確認しておきたい。ヤジ絡みの問題をメインに、自らも野球観戦を趣味にしているベリーベスト法律事務所所沢オフィスの下永吉純子弁護士に話を聞いた。

観客は誰もがルールを守る契約を結んでいる

観戦マナーを考えるうえで、下永吉弁護士がまず挙げるのが、日本野球機構(NPB)や12球団などが定めた「試合観戦契約約款」の存在だ。これは、円滑な試合進行と観客の安全かつ平穏な試合観戦を確保することを目的としたもの。球場で観戦するために入場券を手にした時点で、誰もがこの契約に同意したことになるという。

「試合観戦契約約款は、観客側がお金を払って球団側は試合を提供する、そして観客側は試合の観戦ルールを守るということが全部セットになっています。応援のルールについても定められていて、ヤジ関連では、禁止行為のひとつとして“他の観客および監督、コーチ、選手、主催者およびその職員等、販売店その他の球場関係者への威嚇、作為または不作為の強要、暴力、誹謗中傷その他の迷惑を及ぼす行為”があります。

抽象的な言い回しですので、“アウト”と“セーフ”の具体的な線引きを断言することはできないのですが、違反した場合は、入場を断ることや退場措置をとることも明記されています」(下永吉弁護士)

また、試合観戦契約約款とは別に、各球団や球場ごとの細かな決まりもあり、これらも守らなければならないという。たとえば阪神は、ファン同士のマナーとして「球場及びその周辺において、チーム及びファンを挑発、冒涜する行為」を禁じている。また、埼玉西武ライオンズでは「主催者が差別的、侮辱的もしくは公序良俗に反すると判断した行為・応援(球団、選手、個人、企業等の誹謗中傷、および応援する目的が認められないもの)」を禁止している。

侮辱罪に該当するヤジも

球場で飛び交うヤジには実にさまざまなバリエーションがあるが、もしも発言主がターゲットとなった選手や球団から訴えられたとして、法律上でも“アウト”になることは考えられるのだろうか。

「選手相手の場合、ヤジの内容によっては、公然と人を侮辱するという侮辱罪の構成要件を満たすことになります。ののしったりバカにしたりして人格を蔑視するヤジ、相手の評価を下げるようなヤジはアウトです。私生活や容姿をいじるようなヤジも、程度によってはアウトとなるでしょう。

“なんで今の球を振ったんだよ!”といったプレイに注文をつけるようなものやFA(フリーエージェント)移籍した選手への激しいブーイングなどは当てはまりません。ただし、選手の住所を公表するようなヤジ、交際相手の氏名を公表するようなヤジはプライバシー侵害になりえます」(同)

ここまでは選手相手のヤジについての話で、球団相手となるとまた事情は変わるようだ。

「侮辱罪は対象が「人」に限定されます。そのため、球団を相手にしたヤジや替え歌などは該当しません。ただ、球団や親会社の評価を下げるような行為となれば威力業務妨害ということもあり得るでしょう」(同)

法的にはセーフでも球場ではアウトに!?

とはいえ、これはあくまで刑法上の話。球場では完全にセーフになるわけではないと下永吉弁護士はくぎを刺す。

「試合観戦の場を乱す行為となれば、先ほどの試合観戦契約約款でアウトになります。ヤジは内容だけでなく回数も問題で、同じチームのファンですら“これはさすがに嫌だな”と思うほどしつこく、そして、大きな声でなど、隣席の観客の観戦の迷惑になるような態様でヤジを飛ばしていれば、アウトとなって、退場となってしまう場合もあり得るでしょう。酔っぱらいの迷惑行為やファン同士のケンカなどと同じで、気持ちよく観戦できない空気や状況を作ってしまうと、約款違反になると考えたほうがいいですね」(同)

最後に、一野球ファンでもある下永吉弁護士に、観客として持っておきたい心構えについてアドバイスしていただいた。

「私は内野席で静かに観戦するタイプですが、みんなが私のように静かに観戦すると、球場としての盛り上がりもなくなってしまいますので、ある程度の応援や、歓声も必要だと思います。ですので、それぞれが自分に合ったスタイルで観戦を楽しめば良いと思います。ただ、ヤジでもお酒でも、何事も度を越さないことが大切です。入場券を買って球場で観戦するということは、法律上は試合観戦契約が締結されていて、契約内容つまり、先ほどの試合観戦契約約款に同意していることになるのですから、一度は読んでみてもよいでしょう」(同)

試合観戦契約約款はNPBのホームページなどに掲載されている。また、各球団や球場ごとのルールや注意事項、お願いなども、各ホームページで確認できる。コロナ禍と比べて格段に観戦の自由度が増した分、問題も起きやすいだけに、一度はこれらに目を通してから球場に足を運んではいかがだろうか。

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