バスケの最高峰NBAで日本人初の監督を目指す「ダイス」こと吉本泰輔さん アメリカに渡って20年、成果認められ名将の「右腕」に

サマーリーグで指揮する吉本泰輔さん=2022年7月、ネバダ州ラスベガス

 「ダイス?シボドー監督の右腕だね」。米スポーツ専門局ESPNのベテラン、ニック・フリーデル記者は「ダイス」という名前を聞くと即座に言った。

 シボドー監督とは、米プロバスケットボールNBAで2度の年間最優秀監督に選出され、現在はニックスを指揮するトム・シボドー氏のこと。そしてダイスとは、ニックスのアシスタントコーチを務める吉本泰輔さん(42)だ。

 名将の下で実績を積み、最高峰の舞台で広く知れ渡るその人が描く夢は、日本人ではまだ誰も経験のないNBA監督。「監督になることが目標。自分になり得る最高の指導者になりたい」と目を輝かせる。(共同通信ロサンゼルス通信員・山脇明子)

 ▽指導の道へ
 大阪・大商学園高を卒業後、2001年に渡米した。短大を経て、全米大学体育協会(NCAA)3部のジョンソン・アンド・ウェールズ大に進学。バスケ部でプレーした後、卒業を前に指導の道を考え始めたという。ジョンソン・アンド・ウェールズ大で1年間アシスタントコーチを経験し「教えるということは昔から好きだった。この仕事がしたいと心から思った」と決意を固めた。

 その後はNCAA1部のフォーダム大の大学院へ。「コーチを目指す上で、どのように教育するかを学びたかった。科目を教えるのもバスケを教えるのも教育で同じだと思った」と教育学を専攻した。バスケ部でマネジャーをしながら米大学の最高レベルを体感し、指導法も習得した。

 ▽師との出会い
 フォーダム大卒業後の2009年、ネッツで映像コーディネーターのインターンに採用され、NBAへの道が開かれた。映像を使ってさまざまな分析をするこの仕事は、ヒートを2度王者に導いたエリック・スポルストラ監督や2022~23年シーズンに2度目の年間最優秀監督に輝いたキングズのマイク・ブラウン監督らも経験した重要なポストだ。

NBAサマーリーグの試合中に審判と話し合うニックスの吉本泰輔さん(左)=2021年8月、ラスベガス(共同)

 2011年には、NBAで17シーズンの指揮経験があるマイク・フラテロ監督に請われ、ウクライナ代表でも映像コーディネーターを務めた。フラテロ監督の力添えもあり、この年にブルズ入り。ここで師と仰ぐことになるシボドー監督に出会った。

 名将からも手腕を認められた。「彼がやっている全てのこと、彼の全てのやり方、それら一つ一つには理由があり、結果につなげている。毎試合、チームをしっかり準備させようという情熱があり、彼のように準備するコーチは他にいない」。シボドー監督がチームを変わっても呼び寄せられ「シボドーの右腕」と称されるようになった。

 ▽登竜門で指揮
 シボドー監督が2020~21年シーズンからニックスの指揮を執ることが決まると、監督補佐に就任。2021年シーズン後には、若手の登竜門といわれるサマーリーグで監督に抜てきされた。それまでの監督経験は「子供のサマーキャンプぐらい」と笑うが、堂々とチームを指揮。「一つのことがどうと言うよりも、いろいろ細かいことを学んだ。いろんなことで素早い判断が必要で、バスや練習の時間、故障者についてなども管理しておかなくてはならない。自分が知らなかったことが見えてきて、もっと頑張ろうという気持ちになった」と貴重な経験を積んだ。

 翌年もサマーリーグを指揮して指導力を高め、その後アシスタントコーチに就任。今年もまた、サマーリーグで監督を任された。

NBAサマーリーグのトレイルブレーザーズ戦で指示を出すニックスの吉本泰輔さん(中央)=2022年7月、ラスベガス(NBAE/ゲッティ=共同)

 ▽「心を読める」
 ナゲッツで吉本さんと仕事をともにしたことのあるウィザーズのウェス・アンセルド監督は「彼は私がこれまで見てきた中で、最も一生懸命仕事に取り組む者の一人。練習施設に最も早く来る一人だったし、いつも私たちが考えることの先回りをしていた。彼はまさにコーチ陣の心を読める人材だった」と評す。

 入念に準備し、仕事に臨む姿が印象に残っているという。「彼にはコーチがいつ、どんな情報をどのように必要とするかが分かっていて、われわれが『この情報が必要だ』と思った時には、いつもそれができあがっている状態にしていた。本当に素晴らしいスタッフだった」と称賛した。

 さらにこれまでの経歴にも太鼓判を押した。「彼はシボドー監督に認められ、監督をずっと支えているし、ナゲッツ時代はマイケル・マローン監督の下にいた。偉大なコーチから学んでおり、今は独自のフィロソフィーも確立しているだろう」と今後に期待した。

NBA、ウィザーズのアンセルド監督=2022年9月、ワシントン

 ▽一歩ずつ着実に
 選手にとってNBAが狭き門であるように、指導者にとってもこの世界で長年認められることは至難の業だ。

 ただ吉本さんに気負いはなく「特別な理由はないと思うけど、とにかく努力し続けたことでしょうか。選手が一生懸命練習し続けるのと同じ。決して簡単な道のりではなかったが、とにかく頑張り続けてきたからだと思う」と言った。

 異国に渡って20年余り。一歩ずつ、だが着実に夢に近づいてきた。「監督になる機会はもしかすると、ここ(NBA)ではなく、別の場所で訪れるかもしれない。それまで必死に努力を続けたい。岩石を強打し続ければ、ある時点で割れるもの。そんな風にいつか機会が訪れると信じて自分の目標に向かってひたむきにやっていきたい」。前だけを見つめる視線は力強かった。

2023年のNBA決勝第3戦のヒート戦で守るナゲッツのヨキッチ(右)とマレー(左)=6月、マイアミ

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