「ホームレスは生活保護で助けられない」相談窓口の職員が、困窮者にでたらめ発言 誤りを認めなかった安城市は半年後に一転して謝罪

愛知県安城市役所の生活保護窓口=6月20日、愛知県安城市

 昨年11月、愛知県安城市の生活保護相談窓口を、日系ブラジル人3世のエレナさん(仮名、42歳)が訪れた。新型コロナウイルス禍で職を失い、生活苦に陥り、生活保護を申請しようとしたためだ。外国人は基本的に生活保護法の対象外だが、エレナさんのような定住者は受給できる。国も「日本人と保護内容に差異が出ないように」と通知している。
 しかし、応対した安城市の職員から、思いもかけない言葉を投げられた。
 「外国人に生活保護は出ない」
 「在留資格がなくなるから、ブラジルに帰ればいい」
 幼い子ども2人を抱え、絶望したエレナさんの現状を知った弁護士や通訳が後日、改めて窓口を訪れたが、職員は「ホームレスであり、生活保護で助けられない」「最悪、強制送還」と不適切な発言を繰り返し、申請を拒否した。
 問題を知った報道機関がエレナさんの話を報じると、安城市は「報道には事実誤認がある」と反論。市長も強弁し、「対応に誤りはなかった。『国に帰れ』などの不適切な発言もなかった」と繰り返した。
 しかし、安城市のこの態度は、半年以上が経過した今年6月になって一変する。最終的には問題性を全面的に認め、市長が謝罪することになった。一体、何があったのか。(共同通信=井沢大介)

 【※この記事は、記者が音声でも解説しています。共同通信Podcast「きくリポ」を各種ポッドキャストアプリで検索いただくか、以下のリンクからお聞きください】https://omny.fm/shows/news-2/32

安城市役所=6月20日、愛知県安城市

▽ブラジルに帰ればいい
 一連の経緯を、関係者の証言や音声データなどを基に振り返る。
 エレナさんは工場勤務の仕事を失い、生活苦に陥った。所持金が底を突きかけて、日系ブラジル人の友人に相談、生活保護の申請を勧められ、2022年11月1日、通訳のできる友人と一緒に安城市の窓口を訪れた。「これで何とか立て直せる」。そう思っていた。
 しかし、面談した男性職員は「外国人に生活保護は出ない」「在留資格がなくなるから、ブラジルに帰ればいい」と申請をあっさり拒否。面談も約15分で打ち切られ、早々に追い返された。
 エレナさんは完全に打ちのめされ「自殺が頭をよぎった」と当時を振り返る。ただ、小学生と乳児の子2人を残すわけにはいかない。どうすればいいのかと途方に暮れた。
 事情を聞きつけた日本人の弁護士やポルトガル語のベテラン通訳が無償で支援に入り、11月22日、再び窓口を訪問。エレナさんの所持金はこの時、4千円しかなかった。
 すると1日と同じ男性職員と、女性職員が応対。約2時間のやりとりは激論となった。弁護士らによると、職員2人は生活保護制度を無視した対応に終始した。弁護士は、国の通知文を基に対応の誤りを指摘したが、職員は「解釈の違い」などと強い口調で応酬。その後も独自の見解を次々と持ち出し、申請を拒み続けた。

 ▽ホームレスと同じ
 やりとりの中で職員は、県営住宅に住むエレナさんが、生活苦で家賃を滞納していることを「ホームレスと同じ状態」とまで言い放ち、こう続けた。
 「それは彼女たちが申し訳ないけど、ルール違反で不法占拠して住んでるから屋根があるだけでしょ。何でその実態をホームレスじゃないって言えます?」「ホームレスだったら、生活保護とかではごめんなさい、助けることはできません」
 職員のこの発言は、厚生労働省や専門家によると、明らかにおかしい。
 外国人が生活保護を申請する際、在留カードを提示する。職員側の論理では、エレナさんがホームレス状態だから、在留カードに記載された住所が虚偽であり、誤った住所が記載されたカードは無効であると言いたいのだろうが、エレナさんは実際に在留カードの住所に居住実態があるためカードは有効だ。住所が違うと言うのであれば住所変更をすればいいだけであり、たとえ外国人のホームレスであっても、その寝起きしている場所の自治体は申請を受け付けることになっている。
 弁護士が、そもそもホームレスではないと伝えても女性職員は「それは違いますよ」と否定し、「最悪、強制送還か何か分からないけども」と根拠なく発言した。男性職員もエレナさんの在留資格についてこんな発言をした。「首切り対象になっているような気がしますけどね」

 ▽しょうがないですよね
 やりとりの中で男性職員はさらに、エレナさんと子ども2人を引き離す「母子分離」も持ちかけた。「生き延びようと思うんだったら、他方で、お子さんを保護する施設もあります」
 弁護士が「子どもだけ連れて行くのか」と問うと、「場合によってはあると思います」。弁護士が反発すると、女性職員も「だけど、しょうがないですよね」と同調した。
 職員2人のこの発言内容について、生活保護に詳しい関係者は疑問視する。
 「この場合、通常は母子生活支援施設を活用する。母子を離さないといけない特段の理由がない限り、子だけ施設に案内することはあり得ない」
 一方で、弁護士は2職員の発言の意図について、申請を拒むための嫌がらせ目的と推察していた。「子を離すと伝えて女性の心理を揺さぶり、帰国させるのが狙いだったのではないか」

記者会見する愛知県安城市の神谷学市長(当時)=2022年12月27日午後、安城市役所

 ▽報道は「事実誤認」
 この日も結局、申請は受理されなかったが、その後の支援者の尽力や、領事館の働きかけもあり、昨年12月14日、生活保護費の支給が決定した。一方でエレナさんは、窓口で申請を2度拒まれる中で、「国に帰ればいい」など多数の差別的な発言があったとして、愛知県弁護士会に人権救済を申し立てた。
 これに対する安城市の動きは早かった。同じ日、当時の神谷学市長は臨時の記者会見を開き、「国に帰ればいい」などの発言はなかったと全面的に否定。さらにこう続けた。
 「通訳を介したやりとりで、市の意図が正しく伝わらなかった」
 加えて、この問題を伝えた共同通信などの報道内容を「事実誤認」とする文書を公表。エレナさんの弁護士に対しても、安城市の顧問弁護士から市側の正当性を主張する文書が届いた。
 まるで「通訳が悪かった」と言いたげな市長の発言に対し、エレナさんに付き添った通訳2人は「正確に訳した」と反発した。「対応は明らかな外国人への差別と嫌がらせで、市はうそをつき、原因をなすりつけている」

厚生労働省が入る中央合同庁舎第5号館=2015年、東京・霞が関

 ▽仕事熱心
 安城市は、その後も対応の正当性を主張し続けた。2023年1月の定例記者会見でも、神谷市長は「市に誤りはない」と述べ、逆に対応した女性職員を「仕事に熱心」と評価した。3月の市議会では、有識者を交えた再発防止の検討会設置を提案した石川翼市議に対し、市の担当部長(当時)が「対応に誤りはなく、検討会を立ち上げる予定はない」と答弁した。
 前の副市長で、2月に就任した三星元人市長は「これまでも生活に困窮し、窓口に相談に来る市民に対し真摯な対応を心がけている」と議会で述べ、前市長の方針を踏襲した。
 ただ一方で、厚生労働省は安城市の対応を問題視していた。3月、「外国人が申請をためらうような窓口対応は不適切」との見解を示し、全国の自治体に周知徹底を求めている。それでも、安城市は対応を変えなかった。

「記者会見で頭を下げる、愛知県安城市の三星元人市長(手前)ら=6月22日、安城市役所

 ▽制度を誤って理解
 しかし、市の対応は急変する。引き金になったのは音声データだった。エレナさんと職員による一連のやりとりは、録音されていた。状況に危機感を持ったある関係者から、音声の提供を受けた共同通信は2023年6月21日、データに含まれた発言を抜粋した記事や音声を配信した。
 三星市長は翌日、臨時の記者会見を開き、「市の対応に誤りがあった」と認めて謝罪。さらに、ほかにも同様の事案がなかったか、相談記録などを基に検証し、再発防止に向けた第三者の検討会を立ち上げることも表明した。

 三星市長は、職員が不適切な発言を続けた理由を釈明した。「不正受給を防ぎたいという責任感があったが、生活保護制度を誤って理解し、知識も不足していた」。支援者や報道機関への対応についても、こう述べて不適切だった認めている。「職員の言い分を信じたいという意識が強かった。女性(エレナさん)側の話を聞くことを怠った」

 

記者会見する愛知県安城市の三星元人市長=6月22日、安城市役所

 ▽支離滅裂
 私たちは一連の問題を取材する中で、生活保護制度に詳しい専門家や、保護窓口の現場に長年立ってきた元自治体職員らに音声データを聞いてもらった上で、話を聴いた。
 政令市で長く生活保護に関わった元職員は「音声を聞く限り、『真摯な対応』とは正反対だ。市職員2人の生半可な知識と勝手な思い込みで、内容が支離滅裂」と指摘した上で、こんな感想を語った。「市は職員だけではなく、当事者の女性らから幅広く事情を聴き取るべきだった。初動を完全に誤った」
 元京都市職員で生活保護制度に詳しい花園大の吉永純教授は職員の発言内容のおかしさを指摘するコメントを寄せた。「国の定めた基本的な制度運用を逸脱しており、由々しき事態だ。ホームレス状態であれば一刻も早く救済すべきで、生活保護を拒否する理由にならない。家賃を滞納していても現住所で保護するのが原則で実際に県営住宅に住んでいるのだから在留カードを無効と主張するには無理がある」

人権救済の申立書

 ▽絶望
 取材を続ける中では、常に緊張を強いられる生活保護窓口の現場の苦労も、何度も聞いた。全国の多くの自治体が適切な制度運用をしていると思うが、法を準用する形の外国人への生活保護は、都道府県の監査対象外で市町村の責務はより大きい。
 人口減少が進む日本で、国を支える労働力を外国人に委ねる必要性が高まり、技能実習制度の抜本的な見直しなど政府の動きも加速している。外国人の受け入れ態勢を整える中で、安城市のような困窮外国人に公務員が公然と不適切な発言する事案は、訪日を希望する外国人の「日本離れ」につながりかねない。
 安城市の職員の一連の発言は、外国人との共生社会の実現を目指す日本政府の方針に逆行するだけでなく、住民の福祉増進を図るため、法令に基づき事務を担うと定めた地方自治法にも真っ向から背く行為だ。
 エレナさんは取材にこうも語っていた。「市の対応に絶望した。外国人を1人の人間として扱ってほしい」。音声データの提供者は一連の経緯を振り返った。「昨年12月の問題発覚時に市が適切に対応していれば、音声データが世の中に出ることはなかった」
 人権救済の申し立てを受けた愛知県弁護士会は、調査を続けている。

愛知県弁護士会

 【※音声データの詳細を伝える共同通信の公式YouTubeサイトは以下】
 「ホームレスじゃないって言える?」愛知・安城、困窮外国人の生活保護拒否」
https://www.youtube.com/watch?v=TmN3hpRa4SY
 
 「職員、母子分離を打診 生活保護拒否の安城市」
https://www.youtube.com/watch?v=0lYkzNmeF0U

 「生活保護拒否で市長謝罪 愛知・安城、不適切対応」
https://www.youtube.com/watch?v=I2O3qrhm-hA

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