配偶者に扶養されるパート従業員が、社会保険料負担の発生を避けるため働く時間を抑える「年収の壁」に、政府が新たな対策を打ち出す。
保険料を穴埋めする手当を払った企業に対し、従業員1人当たり最大50万円を助成する。人手不足に悩む企業側の求めに応え、パート従業員らがより長い時間働きやすいよう優遇する。
従業員の手取り減を防ぐため、既存の雇用保険の助成金を拡充する形で保険料を実質肩代わりする仕組みといえる。
岸田文雄首相は先の国会の施政方針演説で「スピード重視で対策を実施する必要がある」と述べ、「壁」の解消を掲げた。
だが元々の要因である年収ラインは残っている。助成拡充により、支援なく自ら保険料を納めている人との不公平感がいっそう高まりかねない。
対策は年内にも開始するが、時限措置という。抜本的な対策は2025年の法案提出を目指す年金制度改革の中で議論する考えだ。指摘されてきた制度のゆがみは棚上げしたまま、その場しのぎというほかない。
岸田政権は防衛費や少子化対策の財源確保と同様、痛みの先送りを重ねるつもりか。国民は納得しがたいだろう。
現行では、従業員101人以上の企業で働くパートの場合、年収が106万円以上になると配偶者の扶養から外れ、厚生年金や健康保険の負担が生じる。
将来の年金額は手厚くなるが、「働き損」になると意識され、あえて勤務時間を短くする傾向につながってきた。
一方で飲食業や観光業を中心に、新型コロナウイルス禍後も働き手が戻らず、営業に支障が出ている所もある。
年収の壁が賃上げ効果に水を差し、景気改善の足かせになっていると指摘されている。個人の収入確保とともに、経済を円滑に回すための環境整備は急務となっている。
年収の壁の根底にあるのは、1986年度に導入された国民年金の「第3号被保険者制度」だ。会社員や公務員である配偶者に扶養される場合、自身で保険料を払わずに老後の年金を受け取ることができる。
離婚で無年金になる問題などがあり、それまで任意加入だった専業主婦を強制加入にするため、導入した経緯がある。
だが共働き世帯が増え、単身世帯も多くなった。90年代前半に1200万人以上いた第3号被保険者は、今年3月末で約721万人に減った。
かねて専門家からは第3号制度の廃止を求める声が上がっている。一方で労使双方の負担増につながりかねず、見直しは頓挫を繰り返してきた。
多様な生き方、働き方が広がる中で、個人ベースで保険料負担と給付を行う仕組みを基に改革案を示し、国民的な議論を進める必要があろう。