「稼ぐことに興味ない?」連れて行かれたタワマンで7時間軟禁 「モノなしマルチ商法」大学生が受けた勧誘の実態 140万円借金してやっと解放

勧誘を受けた男子大学生。「1人誘えば投資額の8%が報酬になる」という資料を見せられ、契約を迫られた=2023年6月、大阪府

 幼なじみの男性が投稿したインスタグラムの動画が目に留まった。2022年8月。当時20歳だった大阪府の男子大学生が見たのは、20枚以上の1万円札を指折り数え、高級ブランドのロゴ入り紙袋を両手に持ちきれないほど抱える幼なじみの姿。「危ない話に巻き込まれているのでは」。心配して「最近何してるん?」とメッセージを送った。すぐ電話が鳴り、幼なじみが明るい声で尋ねてきた。「稼ぐことに興味ない?」(共同通信=後藤直明) 

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幼なじみの男性らが報酬の仕組みを説明した手書きのメモ=2023年4月、大阪府

 ▽46階建てタワマンに7時間軟禁
 男子大学生は、怪しい勧誘をやめるよう説得するために幼なじみと会うことを決めた。約束した大阪市内のカフェに着くと、幼なじみだけではなく大学の同級生の女性も座っていた。なぜ2人がつながっているのか聞く間もなく始まったのは、暗号資産(仮想通貨)への投資の説明。幼なじみが掲げるタブレット端末の画面には「MARKETPEAK(マーケットピーク)」という文字が写っていた。
 説明は要領を得ない。「ピーク」という仮想通貨を宣伝すると収入を得られる事業があり、参加するにはピークへの投資が必要だと言う。「危ないビジネスではないか」。問い詰めてもはぐらかされるばかりで、幼なじみから切り出された。「これ以上は僕から話せない。会ってほしい人がいる」
 案内されたのは、近くにある、ビル群を見下ろす46階建てタワーマンションの一室。入ると同年代の女性が待っており、後ろには体格のいい男性2人がボディーガードのように立っていた。

勧誘で使われた資料(提供写真)

 「1人誘えば投資額の8%が報酬に、その人が誰かを誘えばさらに2%と、勧誘すればするほど報酬が増える」「私はタワマンの部屋もスポーツカーも買った」。女性は事業に参加すれば同じような生活ができると熱弁を振るう。ピークへの投資額は約2万~約3千万円の10通りあるといい、そのうち報酬の額も大きくなる140万円の投資を勧められた。
 不信感を募らせた男子大学生はトイレに行くふりをして逃げようと席を立ったが「荷物は置いて」と手をつかまれた。荷物は諦め、走って部屋から出ようと玄関の方に振り返ったが、いつの間にかボディーガード風の男性が出口をふさぐように立っている。「監禁されているのと一緒じゃないか」。怖くなった。
 「やるかやらないかここで決めて」。女性の声が広い室内に響く。勧誘は軟禁状態で7時間も続いており、思わず答えてしまった。「やります」
 ようやく解放されると思ったのもつかの間、この場で140万円を用意してほしいと女性から告げられた。貯金がないと言うと「消費者金融に電話して」。身分を年収240万円の会社員と偽って申請するよう指示され、一瞬ためらったものの「早くこの場から逃れたい」との一心で電話をかけてしまった。計3社に即日融資で申し込み、1時間足らずで140万円の借金ができてしまった。
 コンビニのATMでおろした現金は幼なじみが封筒に詰め、触ることすら許されなかった。封筒が女性に渡されると、ようやく解放された。契約に関する書類は1枚も用意されなかった。
 その帰り道。一緒に歩く幼なじみがスマートフォンに届いた連絡を見て突然ガッツポーズをした。「契約してくれたから27万円ももうけた」。笑顔で放たれた言葉が胸に刺さる。「金のために利用されたのか」

 ▽2515人から7億円超集金か
 この女性含む男女9人について、大阪府警は今年5月、特定商取引法違反の疑いで逮捕したと発表した。契約書を渡さなかったり、クーリングオフはできないと嘘を伝えたりして、仮想通貨ピークへの投資を不正に勧誘した疑いがある。
 9人はマーケットピークという会社の事業をかたって「人に紹介すれば報酬がもらえる」と勧誘を繰り返し、2021年8月~2023年3月ごろ、男子大学生ら2515人から計約7億7500万円を不正に集めたとされる。
 府警によると、マーケットピークはドバイに本拠地を置くとされるが、実態は不明という。男子大学生のケースと同様に、契約時に消費者金融で借金をさせる事例も確認されているという。
 

 このように、健康食品や化粧品といった実体のある商品ではなく、仮想通貨や海外事業への投資などの「もうけ話」を「人を紹介すればさらに稼げる」とうたう手口は「モノなしマルチ商法」と呼ばれ、近年のマルチ商法の主流となっている。
 国民生活センターによると、マルチ商法に関する相談件数のうち、モノなしは2013年度で全体の2割程度だったが、2017年度以降は5割を超え、最新の2022年度は3536件に上った。20代以下からの相談が半数を占めており、若者を中心にトラブルが多発している。
 国民生活センターは勧誘してきた事業者の実態や、もうけ話の仕組みが不明な場合は契約しないよう注意を呼びかけるとともに、トラブルになった場合は消費生活センターや消費者ホットライン「188」に相談してほしいとしている。

佐久間大地弁護士(提供写真)

 ▽「断りにくい間柄」で被害拡大
 なぜ若者がモノなしマルチ商法のトラブルに巻き込まれやすいのか。消費者問題に詳しい大地総合法律事務所(東京)の佐久間大地弁護士に聞いた。
 ―従来のマルチ商法よりも「モノなしマルチ商法」のトラブルが増えている背景を教えてください。
 「昔に比べ、仮想通貨などへの投資がより身近になったことが理由の一つだと思います。また、SNSで他人の生活を目にする機会が増え、『憧れの生活をしているあの人が投資しているならやってみたい』というきっかけも多いようです」
 ―どうして若者の間で被害が拡大しているのでしょうか?
 「30代以上に比べて、20代以下が所属しているコミュニティは『断りにくい間柄』である傾向が高いのではないかと感じます。会社などでは、そもそも勧誘が禁止されている上、断ったところでその後の人間関係に影響を及ぼさない場合が多いです。一方で大学などの同級生や友人だとなかなか断りづらく、広まってしまうのではないでしょうか」
 ―契約時に消費者金融で借金させるケースも見られます。
 「他の消費者トラブルでも多い手法です。『借りた額以上に稼げる』や『大金を稼げるので返済はすぐにできる』などとうたっているパターンが多いです。被害者に資力がなかったとしても、借金させれば事業者は商材の購入や契約をさせることが可能になります。事業者はお金を得られますが、被害者に残るのは借金のみです。大変悪質と言えます」
 ―被害に遭わないために気をつけるべきことはありますか?
 「稼ぐ仕組みがよく分からないもの、少しでも怪しいと思ったものには手を出さないことが大切です。内容をよく見て、不安であれば周りの人に相談するなどの対策が必要かと思います。たとえ親しい友人から誘われたとしても、怪しいものは勇気を持って断った方がいいでしょう」
 ―それでもトラブルに巻き込まれた時はどうすればいいでしょうか?
 「まずは、弁護士や消費生活センターに相談をしましょう。契約書や支払った際の明細、関係があるものは全て捨てずに取っておくと、証拠として役に立ちます」

140万円が返されることが決まったが幼なじみの男性への怒りは冷めないままの男子大学生=2023年6月、大阪府

 ▽返ってきた140万円、冷めない怒り
 男子大学生は被害に遭って以来、返金を求め続けていた。翌日には女性に契約解除をしたいと電話したが「クーリングオフはできない」の一点張り。最初に声をかけてきた幼なじみに話すと「140万円も払ったんだから一緒に勧誘して稼いだ方がええやん」と軽くあしらわれた。
 その後何度も返金交渉をしたが聞く耳すら持ってくれなかったため、思い切って両親に借金のことを打ち明けた。叱責されたが返済の肩代わりをしてくれることになった。安心する一方で、自責の念にさいなまれた。「弱かったせいで断ることができなかった。なんてばかなことをしたのか」
 あれから約9カ月がたった2023年5月。就職活動と並行してアルバイトに励み、親にお金を返す日々が続いていたが、9人の逮捕が報道されると事態が好転。幼なじみの親から契約金を弁済すると連絡があった。ただ、幼なじみとは音信不通の状態が続いており、男子大学生の怒りは冷めない。「(幼なじみも)元は勧誘を受けた被害者かもしれないが、同情はない」

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