「会社は創業家のものじゃない」地場最大手の手袋メーカーが選んだ会社売却 経営のプロ集団に成長託す

6月にスワニーの4代目社長に就いた神尊裕史さん

 日本最大の手袋生産地の香川県東かがわ市で、業界に激震が走る企業の合併・買収(M&A)があった。創業85年を超える地場最大手の手袋メーカー「スワニー」が日本共創プラットフォーム(JPiX、東京)に全株式を売却したのだ。JPiXは企業再生のスペシャリストとして知られる冨山和彦さんが社長を務め、ローカル企業の経営強化に力を入れている。

 スワニーの3代目社長だった板野司さんは「会社は創業家のものじゃない」と考え、JPiXが推薦した大手商社出身の男性に4代目を託した。東京商工リサーチが2022年に実施した調査では、後継者が決まっていない企業の割合は59・9%に上った。経営者の高齢化は年々進み、後継ぎを確保できずに会社をたたむ例が続出している。こうした現状にあって、スワニーのようなM&Aは一つの解決策になりそうだ。(共同通信=浜谷栄彦)

 ▽「前代未聞」の決断
 東かがわ市は国内の手袋生産シェアで9割を占める。明治時代からメーカーが集積し、地元の業界組合に加盟する手袋会社はピークの1970年に245社あった。その後は工場の海外移転に伴って勢いを失い、現在の加盟社数は5分の1に減った。その多くが親族中心に経営する同族企業で、1937年創業のスワニーも例外ではなかった。「手袋のまち」に停滞感が漂う中、2022年11月末にスワニーは株式売却を発表した。

 今年5月まで日本手袋工業組合(東かがわ市)の事務局長を務めた大原正志さんは驚きを隠さない。「本当にびっくりした。これから地元にどんな影響が出るのか。追従する企業が出てくるかもしれない」。手袋メーカーを取り巻く環境は厳しい。地球温暖化と少子化の進行で需要が減り、さらに近年の原材料高が利益を圧迫する。

 とはいえ、最大手のスワニーの経営は底堅い。中国とカンボジアに生産拠点を置き、北米にも販路を持つ。2023年1月期単体決算の売上高は56億円で過去最高を更新し黒字だった。大原さんは「業績が好調なうちにM&Aを決断したのだろうか。何にせよ、地元の手袋業界では初めてのケースだ」と話した。

スワニー本社=1月、香川県東かがわ市

 ▽社内人材の限界
 スワニー前社長の板野さんは、先代社長の三女と結婚したのを機に勤めていた繊維商社を辞め、1993年にスワニーに転職した。2009年に経営トップを引き継いでから「バトンタッチはいつも頭にあった」という。板野さんに子どもはいない。後継者の選択肢は親族、従業員、M&Aによる売却の三つだった。ある事業承継セミナーに参加した際、講師をしていたM&A仲介業者を通じてJPiXとの交渉が始まった。

 JPiXは地域の雇用を支える中小企業の株式を長期保有し、人材やノウハウの提供を通じて生産性を上げることを目的にしている。板野さんはJPiXとやりとりをする中で「先方は経営のプロ集団。安心して任せられる」と確信した。今年還暦を迎えたばかりだが「年を重ねると社員の反対意見に耳を傾けられなくなる。権力に安住するのは人間の宿命。老害になる前に身を引こうと思った」。

 後継者を確保できない地元の同業者は、廃業か倒産を選んできた。「スワニーがうらやましい」「うちは買ってくれないよな」「看板企業のオーナーが代わると、他社も次々身売りするのでは」。周囲の受け止めは羨望、諦め、不安が入り交じる。

 板野さんは、そうした反応に理解を示しつつ「M&Aという選択肢を知ってもらいたかった。グローバル企業として成長を目指すなら(後継者が)社内の人材では限界がある。あのときの決断が正しかったと言ってもらえる日が来る」と信じている。

スワニーの板野司前社長

 ▽地方企業から世界を目指す
 6月にスワニーの4代目社長になった神尊裕史さん(56)は伊藤忠商事出身で、直近は各種ユニホームを作る会社を経営していた。東京暮らしが長く「四国に移るのはハードルが高かった」と明かす。ただ最終的には「スワニーの経営を任せてもらうミッションの魅力が勝った」と話した。

 神尊さんに自信の程を尋ねると、力強い答えが返ってきた。「板野さんの決断を尊重するとともに、85年を超える歴史があるスワニーのかじ取りを担う責任を感じている。社員と板野さんが築いてきた土台の上に中長期的思考と目標設定を加えることで、さらなるグローバルな成長を目指せると確信している」と語った。

香川県東かがわ市のスワニー本社に展示されている手袋

 JPiXからは経営を担う人材も派遣された。スワニーの取締役に就任した雲井雄基さんは外資系コンサルティング会社などを経てJPiXの親会社である経営共創基盤(東京)に転職し、JPiXの立ち上げに加わった。まだ36歳の若さだが企業の経営に携わった経験は豊富だ。

 一つの企業で長く働くと、良くも悪くも「会社の常識」を超えた発想が難しくなる。雲井さんは「スワニーに従来とは違う考え方を注入するのが私の役割だ」と話した。社員約110人と面談し、前向きで情熱のある人材が多いと感じた。大半の社員と食事を共にして意思疎通を図った。着任から半年。取引先からの受注を前倒しすることで工場の稼働率を安定させるなど、目に見える結果を出している。

 「大企業ではなく、スワニーのような地方の中堅企業がグローバルな視点でビジネスをすることに意味がある」。今夏から米ニューヨーク州のスワニー現地法人の幹部となり販路拡大に乗り出す。中高年がメインの顧客層を若者に広げる構想を描く。

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