「本件犯行はヘイトクライム」史上初めて検察が糾弾した 民団を「実弾で浄化」。男が差別思想を抱いた経緯

在日本大韓民国民団(民団)徳島県本部に送りつけられた脅迫文(姜盛文団長提供)

 徳島地裁の法廷に検察官の声が響いた。
 「本件犯行態様は、いわゆるヘイトクライムです。人種、民族、宗教など、特定の属性を持つ個人や集団に対する偏見や憎悪がもとで引き起こされる犯行は、いかなる理由であれ正当化されるものではなく、厳しく対処する必要がある」
 5月12日、初公判での論告の中の一言だ。検察がヘイトクライムという用語を法廷で使ったのは日本で初めてとみられ、差別問題に取り組む弁護士や人権団体などから「画期的だ」と歓迎する声が上がった。
 事件は2022年9月、在日本大韓民国民団(民団)徳島県本部に「反日政策を続ければ実弾で浄化する」という趣旨の脅迫文が送り付けられたものだった。徳島県警に逮捕され、脅迫罪で起訴された徳島市の男(40)は、排外主義政策を掲げる「日本第一党」の元党員だった。男はなぜヘイトクライムに及んだのか。(共同通信ヘイト問題取材班)

民団徳島県本部が入る建物=徳島県小松島市

 ▽空砲を撃ったが反応なし
 事件が起きる前にさかのぼる。男は民団に所属する在日韓国人らを怖がらせようと考え、詳しい日時は不明だが、県本部建物に向かって火薬銃の空砲を撃った。ところが何も反応がなかった。
 次に考えついたのが脅迫文だった。
 「先日ハ空砲ニヨル威嚇射撃デ事亡キヲ得タガ、反日政策ヲ続ケル様デアレバ、次ハ実弾ニ寄ル消化ニヨッテ浄化スル。―民族赤報隊―」
 2022年9月14日までに、郵便受けに赤い文字で書いた文書を封筒に入れて投函した。

 

脅迫文の封筒の裏面。差出人として架空の会社名が書かれていた(姜盛文団長提供)

 ▽「殺されるのでは」
 県本部の姜盛文(カン・スンムン)団長(46)が脅迫文に気付いたのは、9月16日。日韓交流イベントの打ち合わせのため事務所に入ると、机の上に封筒があった。時折、電話や手紙で「朝鮮に帰れ」「竹島返せ」などとヘイトスピーチを受けてきた。今回も「またか」と思った。
 ただ、よく読むと「実弾」という文字。2カ月前には安倍晋三元首相が銃撃される事件があったばかりで恐怖が頭をよぎった。「殺されるのではないか」。すぐに県警に通報し、被害届を提出した。

容疑者逮捕を受けて徳島市で記者会見し、涙を見せる姜盛文団長=3月11日

 ▽「嫌いでも殺すと言うな」
 徳島県警は翌2023年3月1日、脅迫の疑いで、徳島市に住む大学生でかつて日本第一党党員だった男(40)を逮捕した。
 姜団長は逮捕を受け、3月11日に徳島市のホテルで記者会見を開いた。
 韓国で生まれ育った姜団長は日本のマンガや音楽に憧れ、18歳の時に大学入学で来日した。今は清掃の自営業で生計を立てる傍ら、民団で在日韓国人の行政手続きサポートなど面倒をみている。
 他の団員たちも、食堂や建築関係で働いて徳島の一住民として暮らす。姜団長は記者会見で涙を流し、こう語った。
 「徳島は大好きな町、大好きな人がたくさんいるところ。いくら韓国が嫌いでも殺すと言ってはいけない。命を脅かすことがなくなってほしい」

徳島地検

 ▽排外主義の末に
 徳島地検は男を脅迫罪で起訴。今年5月12日、徳島地裁で初公判が開かれた。広い法廷に多くの傍聴人が詰めかける中、男は上下スエット姿で現れた。終始体を小さく丸め、被告人質問に小声で答えた。犯行の動機はどう語られたのか。
 男は、「日韓断交」や「外国人の生活保護廃止」など排外主義を掲げる政治団体日本第一党での活動を通して、韓国政府が日本を敵対視していると思い込んだという。韓国や韓国人に一方的な嫌悪感を抱くようになり、民団も「反日政策」に加担していると考えた。
 「私自身、韓国人自体のアイデンティティーを変革しなければならないと思った。韓国政府と民団にパイプがあると思っていた」
 韓国政府と民団の間につながりがあろうとなかろうと、脅迫は許されない犯罪だ。しかし男は以下のような「反省」の弁を述べる。
 「民団と韓国政府につながりはないと今は分かっている。ただただ申し訳ない。言葉もありません」

徳島地裁

 ▽「日本社会の根本が腐ってしまう」
 公判では、被害者の姜団長が、男の前で意見陳述した。姜団長は三度「この事件はヘイトクライムです」と繰り返した。
 韓国系市民が少ない徳島県で、姜団長は10年以上、無報酬で民団の活動を続けてきた。困った人がいれば相談に乗り、地域に貢献できればと、K―POPライブや韓国料理のイベントを開催してきた。民団に経済的余裕はなかったが、団員からの団費や、民団が入る建物の家賃収入でやりくりしてきた。しかし1通の脅迫文が、民団に精神的にも経済的にも大きな影響を与えた。
 「名古屋の民団や京都のウトロへの放火なども相次いでいる。殺されるのではないかという思いもよぎり、民団の事務員の安全も、団員たちの安全も大変心配になった」
 恐怖は民団関係者だけではなく、民団建物の2階に住んでいた全く関係のない住民にも及んだ。
 「事件の後入居者家族は退出。子どもたちの安全が心配になったとのことだった。その上、防犯カメラやインターホンをつけることとなり、出費が増えた」
 「『これは政治的意見の違いによる犯行で人種差別によるヘイトクライムではない』と言うのかもしれないが、この事件はヘイトクライムだ。被告と民団には犯行前、何の接点もなかった」

公判で意見陳述した後、徳島地裁前で取材に応える姜盛文団長=5月12日

 姜団長はさらにたたみかけた。
 「本来いろいろな人がいるはずの韓国人を十把ひとからげにし、韓国人全体と日本人全体という構図を描いて、韓国だから、韓国人だから脅迫して、攻撃したのがこの事件。人種主義の犯罪、人種差別の犯罪だ」
 「被害者は民団。でも日本社会もまた被害者。このようなヘイトクライムを放置することにより、日本社会の根本が腐ってしまう。早く、正しく、厳しく対処しなければ、同じ犯罪が増加する。まず徳島で外国人、外国籍、外国系の住民を守っていくような判決にしていただきたい」
 姜団長の意見陳述の後、強い態度を表明したのが、徳島地検の公判担当検察官だった。
 「世間的にも問題になっている、いわゆるヘイトクライムです」
 淡々とした口調だったが、中身は画期的だった。検察側は懲役10月を求刑。弁護側は執行猶予付き判決を求め、即日結審した。

豊福誠二弁護士

 ▽条約の要求に応じず国内法なし
 ヘイトクライムとは、差別的動機に基づく犯罪のことだ。動機に差別思想があった場合、加重処罰する法律があるアメリカのように、海外では法整備をしている国も多い。
 ヘイト問題に詳しい豊福誠二弁護士(京都弁護士会)は、ヘイトクライムが他の犯罪より重く見られている理由をこう説明する。
 「放置していると、最終的にジェノサイド(民族大量虐殺)につながりかねない。属性に基づく差別犯罪には厳しく対処するのが国際的な動向になっている」
 日本でもヘイトクライムが相次いでいる。在日コリアンが多く暮らす京都府宇治市のウトロ地区では、2021年8月、やはり韓国人に対する差別感情を抱いた男が、住宅に放火する事件が起きた。
 しかし、日本ではヘイトクライムとして取り締まったり、加重処罰したりする法律はない。このことは国際条約違反だと批判を受け続けている。どういうことか。

記者会見で判決の受け止めを話す姜盛文団長=5月31日午後、徳島市

 日本も加入する人種差別撤廃条約は第4条で「人種、皮膚の色、民族を異にする人の集団に対するすべての暴力行為やその扇動は、法律で処罰すべき犯罪であると宣言する」と規定し、ヘイトクライムへの処罰を要求している。
 日本政府は2017年、国連への報告で「人種主義的動機は、わが国の刑事裁判手続きにおいて、動機の悪質性として適切に立証しており、裁判所で量刑上考慮されていると認識している」と回答した。
 だが日本では、2016年にようやくヘイトスピーチ解消法ができたものの、禁止規定や罰則規定はなく、実効性の乏しさが指摘されている。刑法に「差別罪」もない。ヘイトクライムとして捜査、処罰する国内法はなく、その時々の裁判官や検察官らの裁量に委ねられているのが実情だ。
 だからこそ、徳島地検の論告を豊福弁護士は高く評価した。
 「画期的だ。少数者を含めた公益の代表として断固たる態度を示した」
 徳島地検にも取材した。なぜヘイトクライムに言及したのか。田村志保次席検事は「自分の背景や出自で差別されるのは怖いこと。分かりやすく、伝わりやすいようにヘイトクライムという言葉を使った」と回答した。
 徳島地裁がどのような判決を出すか。注目の判決は5月31日だった。

民団が判決後に開いた記者会見=5月31日、徳島市

 ▽実質的にヘイト認める
 判決の日、徳島地裁には初公判と同様に大勢の傍聴人が集まった。細包寛敏裁判官は「懲役10月、保護観察付き執行猶予4年」と有罪判決の主文を言い渡した後、判決理由を次のように語った。
 「脅迫文は、在日韓国人を銃撃で殺害すると容易に理解させる苛烈なものである。さらに、反日政策や浄化などといった韓国人に対する差別意識を強くうかがわせる言葉が使われており、被害者らに自分たちの出自や所属のみによって標的にされたことを理解させ、被害者は理不尽な恐怖にさいなまれている」
 「被告人の考え方は、韓国、韓国人、民団に対する偏見にまみれているだけでなく、自らと異なる思想信条を持つ者に恐怖を与えて排除しようとする極めて独善的かつ身勝手なもの。到底許されない」
 言葉こそなかったが、ヘイトクライムの本質を言い表し、差別を動機とした犯罪だと認定する判決だった。

 

師岡康子弁護士

 ▽「安心し暮らせる日本社会に」
 今回は、被害者側が徳島地検に対し、人種差別性の捜査を求める意見書を提出するなど、積極的に行動したことが司法の背中を押した側面もあった。
 ヘイト問題に詳しい師岡康子弁護士は判決を次のように評価した。
 「明確に差別的動機を認定して非難しており、一歩前進だ。ただ、同様の判決が今後出される保証はない。差別的動機を量刑に反映させるような司法関係者向けガイドラインの整備など、国として具体的な対策を取ることが緊急に求められている」
 最初に脅迫文を読み、一貫してヘイトクライムだと訴えてきた姜団長は、判決をどう受け止めたのか。判決後の記者会見で、こう語った。
 「ヘイトクライムという言葉はなかったが、裁判官は私たちの言いたいことを述べてくれた。どれだけ社会的なメッセージになり抑止力になるか分からないが、少しでも予防になれば」
 「日本で暮らしていると、恐怖心は常にある。全国の在日韓国人からも幼い頃から差別を受けた話をたくさん聞く。みんな恐怖を抱えている。二度とこのようなことは起こってほしくない。安心して暮らせる日本社会になってほしい」

※動画ニュースはこちら
【脅迫事件を受けて開いた3月の民団の記者会見】
https://www.47news.jp/9047548.html
【有罪判決を受けて開いた5月の民団の記者会見】
https://www.47news.jp/9396510.html

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