社説:国葬の是非 検証の幕引きは許されない

 銃撃事件から1年がたった安倍晋三元首相を巡っては、岸田文雄政権が実施した国葬の是非について世論が割れた。

 評価の分かれる政治家の国葬は、本当に必要かつ妥当なのか。国民の抱く疑問が晴らされないまま強行された。

 許されぬ凶弾に倒れた故人を静かに悼む空気は損なわれ、わだかまりが残ったのは否めない。

 岸田氏は「実施後に検証し、今後に役立てる」と約束して押し通したが、それを自ら破ろうとしている。

 先週、政府は首相経験者の国葬を巡って、実施の基準を明文化しない方針を表明した。

 松野博一官房長官は、国葬実施の検討は「時の内閣において責任を持って判断する」と述べた。

 憲法の国民主権や思想・信条の自由と相いれないとの批判に耳をふさぎ、当時の判断を追認した形である。

 そもそも、国葬の是非を検証すると打ち出したのは、岸田氏自身だ。

 事件のわずか6日後に国葬実施を表明したが、多くの疑問点から反対論が多数派に膨らみ、内閣支持率が急落したことが背景にある。

 なぜ安倍氏を特別扱いするのか。国会に十分な説明なく内閣で決めた上、実施の根拠や基準の曖昧さ、経費約12億円を全額公費で賄うことにも疑問の声が続出した。

 政府は9月の国葬後、問題点を洗い出すとして有識者ヒアリングを行った。法的根拠や国会との関係で多くの指摘がされ、「合意形成の努力が不十分だった」などの厳しい意見も目立った。

 だが、昨年12月に政府が公表した論点整理は、出された意見を羅列しただけで、批評や分析に踏み込まなかった。

 来月中にまとめる政府公式の「国葬記録集」でも、国葬そのものの是非や、有識者ヒアリングでの意見に触れない方向という。

 松野氏は、今後の国葬への対応の在り方について、内閣の裁量で決定した後に国会に説明し、実施後にも概要を国会に報告する考えを示した。一方、この方針を閣議決定すらしないという。

 国民の分断を招いた手法を省みることなく、有識者らの指摘も聞き置いたまま、これで幕引きにしようという姿勢があからさまだ。将来に禍根を残す不誠実さというほかない。

 これでは政治家の死を、時の政権が恣意(しい)的に利用するという懸念が拭えない。

 衆院は昨年末にまとめた独自の検証で、国葬実施について国会の関与が必要との認識で一致したはずである。

 内閣に対して働きかけ、秋にも開く臨時国会で議論を尽くすべきだ。国権の最高機関としての責任が問われよう。

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