社説:袴田さんの再審 検察のメンツ優先では

 いたずらに審理を長引かせるだけではないのか。

 静岡県で1966年に一家4人が殺害された事件で、死刑確定後に裁判やり直しが決まった袴田巌さんの再審公判を巡り、検察側が有罪立証する方針を静岡地裁に伝えた。

 認められた再審で無罪が言い渡される公算は大きく、決着済みの争点を蒸し返す検察の姿勢は批判を免れない。

 再審公判で検察側が有罪立証の柱とするのは、確定判決で袴田さんが事件当時に着用していたとされた「5点の衣類」とみられる。

 血痕が付着した衣類は事件から約1年2カ月後、袴田さんの勤務先だったみそ工場のタンクから、赤みが残った状態で見つかった。その変色状況が再審請求の段階で長く争われてきた。

 3月に再審開始を認めた東京高裁決定は、弁護側の実験結果などに基づき、「みそに長期間漬けた場合、赤みは残らない」と判断。捜査機関側が証拠を捏造(ねつぞう)した可能性が極めて高いとまで踏み込み、「到底犯人と認定できない」と結論付けた。

 しかし、検察はなおも「赤み」にこだわり、自らの実験で「赤みが残る例が多数観察された。不自然ではない」と主張するという。捏造との指摘が、検察の威信を損なうと受け止めたのか。

 戦後、再審が開かれた死刑事件4件で、検察はいずれも有罪立証したものの、無罪判決が言い渡された。実務上、再審開始決定が確定すれば、無罪とほぼ同等という運用になってきたとも言える。

 検察と弁護側が再び争えば、審理の長期化を招く。

 事件発生から57年が過ぎ、第2次再審請求は既に15年に及ぶ。袴田さんは87歳を迎え、心身の不調もみられる。雪冤(せつえん)を支え続けてきた姉も90歳と高齢である。

 メンツにこだわる検察の都合によって、これ以上無駄に時間を費やすことは許されない。

 東近江市の湖東記念病院での患者死亡を巡る再審で、検察側が有罪立証の方針を初公判前に撤回した事例もある。再考を求めたい。

 裁判所は曲折をたどった事件の経緯を踏まえ、迅速で公平な審理により無罪を確定させるように適切な訴訟指揮を心がけてほしい。

 加えて、検察がまず取り組むべきは証拠の捏造と指弾された捜査の在り方の検証であろう。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則を軽んじる振る舞いを見る限り、検察に「公益の代表者」の自覚はあるのかと疑う。

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