「優勝したら18億円資金調達できた!」若手起業家の登竜門、スタートアップイベント「IVS」を取材した

ピッチコンテストで優勝した「aba」の宇井吉美さん(前列右端)=6月29日、京都市

 創業間もない「スタートアップ企業」の若手起業家が集う国内最大級のイベント「IVS」が6月28~30日に京都市で開かれた。イベントの中で最も注目を集めたのが、経営者らがサービスや製品をアピールする「ピッチ」と呼ばれるコンテストだ。6分という短いプレゼンテーションの中で、起業した理由や将来の成長ストーリーを訴える。審査するのは投資家や大手企業の経営者たち。過去に優勝した企業は、いきなり18億円の資金調達が決まり、一気に成長ステージを駆け上った。事業拡大を目指す起業家がピッチにかける熱い思いを取材した。(共同通信=早田栄介)

 ▽京都府が賞金1000万円を用意
 政府がスタートアップ育成を看板政策に掲げる中、日本でも起業意欲が高まっている。今年のIVSには過去最大の1万人以上の参加登録があった。

 ピッチコンテストは「IVS LAUNCHPAD」という名称で、2007年に始まった。これまでにエントリーした企業は5千社を超え、そのうち約60社が株式市場への新規上場や他の会社による合併・買収(M&A)を果たした。クラウド会計ソフトの「freee(フリー)」や金融サービスの「マネーフォワード」などの有名企業も受賞しており、「スタートアップの登竜門」と呼ばれる。

 今回のピッチには過去最大の約400社が参加した。書類やオンラインでの選考会を経て6月29日の決勝に出場する14社が決定。京都府のサポートもあり、優勝賞金1000万円が用意された。京都は京セラやニデック(旧日本電産)など戦後急成長した新興企業を多数輩出しており、スタートアップの育成に力を入れている。

京都市で開かれたスタートアップイベント「IVS」の会場=6月29日

 ▽優勝で人生と会社のすべてが変わった
 創業間もないスタートアップにとって、自社のサービスや製品を磨き上げることはもちろん重要だが、投資家からお金を集め、ユーザーや提携先となる企業を見つけなければ成長はおぼつかない。ピッチは自社を売り込む絶好の機会となる。

 女性のキャリア支援事業を手がける「SHE」は2021年のLAUNCHPADで1位になった。今回審査員を務めた最高経営責任者(CEO)の福田恵里さんは「ここで優勝して、人生と会社のすべてが変わった。18億円の資金調達が決まり、採用も拡大できた」と振り返った。

 ▽ビジネスを伝え仲間を増やしたい
 LAUNCHPADのプレゼン時間は1社6分。制限時間になると合図が鳴り、強制的に終了させられる。審査員はスタートアップへの投資を専門とするベンチャーキャピタリストや、大手企業の幹部など16人。各審査員の採点を基に、登壇者の中から1~5位を決める。

 限られた時間の中でいかに審査員の心をつかみ、自社のビジョンやビジネスモデルを印象づけるか。登壇者はプレゼンの構成や言葉遣い、スクリーンに映し出すスライドなどの細部にまでこだわる。

 決勝に進出した「レコテック」の大村拓輝さんは、過去のLAUNCHPADの結果を分析。「どういう原体験があって事業を始めたのか、パーソナルなストーリーが重要な要素になる。今回はそれを盛り込んだ構成にした」という。

廃棄物リサイクルについてプレゼンする「レコテック」の大村拓輝さん=6月29日、京都市

 レコテックは廃棄プラスチックの発生から運搬、リサイクルの過程をスマートフォン上で可視化するプラットフォームを展開する。メーカーは廃棄物の有効活用に力を入れているが、再資源化できる素材を効率的に回収することは難しい。その課題に対処するためこのシステムを考え、2020年に花王や三菱地所と実証事業を始めた。

 プレゼンでは、導入部の「掴み」をどうするかにこだわった。趣味のトレッキングで鹿児島県の屋久島を訪れたとき、自然界には廃棄物が存在せず、すべてが循環していると感じたという体験から入ることにした。初めてサービスの仕組みを聞く人でも、内容がすっと頭に入るように、社外の人たちを相手に何度も練習した。決勝の直前までプレゼンの順番やスライドを見直し、結果的に5月下旬の最終選考の段階から、ほぼすべての内容を変更したという。

 大村さんは「まだサービスの知名度が低いので出場を機に多くの人に知ってもらい、ユーザーの獲得と投資家からの資金調達につなげたい。僕たちのビジネスをきちんと伝え、共感する仲間を増やしたい」と語った。

リサイクル市場の動向について説明する「レコテック」の大村拓輝さん=6月29日、京都市

 ▽渾身の思いを詰め込んだプレゼン
 オープニングも含めて3時間を超えるピッチの結果、介護施設で効率的なオムツ交換を可能にするサービスを開発した「aba(アバ)」が1位に輝いた。センサーを組み込んだパッドをベッドに敷くことで尿や便の臭いを感知し、職員に知らせる。CEOの宇井吉美さんは大学生時代に介護の現場を経験。7年かけて排泄物の臭いのデータを集め、排便や排尿を識別するAIを開発した。

 「オムツを開けずに中を見たい」。ある介護職員の言葉がきっかけとなって、宇井さんはこのサービスの開発を始めた。優勝後のインタビューでは、介護現場の状況について「本当に人手がなくて、やりたくてもできないことが多い。そこをテクノロジーで改善し、人が人にしかできない仕事に集中できる環境をもう一度作りたい」と語った。今回のピッチは「渾身の思いを6分に詰め込んだプレゼンだった」と振り返った。

排泄物を知らせるパッドについてプレゼンする「aba」の宇井吉美さん=6月29日、京都市

 ▽スタートアップ投資、5年で10兆円に
 LAUNCHPADだけでなく、国内外でさまざまな規模のピッチコンテストが開かれており、起業家は自社の成長をかけて挑戦している。デザイン性の高いデジタルマップを作成する「Stroly(ストローリー)」の共同CEOの高橋真知さんもLAUNCHPADの決勝に登壇した。こうしたイベントに参加することで「自分のビジネスを見直し、短いプレゼンの中で一番分かりやすく説明するやり方を考えるきっかけになる」と話した。

 カンファレンスやイベントに出ると、有名な投資家や自分の会社に加わってほしいと思う人物に偶然出会うことがある。その瞬間を逃さず、うまく事業をアピールできれば、次の機会に発展する可能性も広がる。「普段からプレゼンの練習をしておくことは起業家にとって重要なこと」と語った。

デジタルマップについてプレゼンする「Stroly」の高橋真知さん=6月29日、京都市

 ▽スタートアップの応援団をつくる
 投資家にとって、こうしたイベントは投資家同士のネットワークをつくる場にもなっている。スタートアップは資金調達を何度も繰り返しながら、事業をレベルアップさせて新規株式公開(IPO)などを目指す。その過程でベンチャーキャピタルが資金の重要な出し手となるが、単独で支えることは難しい。創業初期の企業への投資に特化するガゼルキャピタルの石橋孝太郎代表パートナーは「自分たちが投資した企業に対し、フォローしてくれる投資家をこういったイベントで見つける。みんなで応援団をつくっていくイメージだ」と話した。

 政府は昨年11月「スタートアップ育成5か年計画」を策定した。日本の経済成長を牽引するエンジンとしてスタートアップに注目。スタートアップへの投資額を2027年度に現在の10倍超の10兆円規模にする目標を掲げている。その実現には、起業家、投資家、事業会社をつなぐ「エコシステム」の創出が欠かせない。IVSを取材し、こうしたイベントが重要な役割を果たしていると感じた。

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