社説:トイレ制限訴訟 性自認への尊重・配慮を

 個人の性自認を尊重し、少数者の権利を守る社会をいかにつくっていくか。私たちに問いかけた判決とも言えるだろう。

 戸籍上は男性だが女性として暮らすトランスジェンダーの経済産業省職員が、省内の女性用トイレの使用を不当に制限されたとして国に処遇改善を求めた訴訟で、最高裁は職員の訴えを認めた。

 性的少数者の職場環境の在り方を巡る最高裁の初判断で、裁判官5人の全員一致による結論だ。国側はしっかり受け止め、対応の見直しを進めなくてはならない。

 異例となる全員の個別意見が付いた。今崎幸彦裁判長は、社会生活で性自認にふさわしい扱いを求めるのを「ごく自然かつ切実な欲求」とし、どう実現するかは「今や社会全体で議論されるべき課題」と位置付けた。

 あくまで個別事情を踏まえた判決だが、職場での配慮に大きな問題提起となった。当事者の事情を丁寧に受け止め、環境を整えていく姿勢が求められる。

 職員は入省後に性同一性障害との診断を受けた。性別適合手術は健康上の理由から受けていない。長年、女性ホルモンの投与を受け、2010年から許可を得て女性の身なりで勤務を始めた。

 だが女性用トイレについては勤務先のフロアから上下2階以上離れた場所での使用しか認められなかった。制限を不服として人事院に行政措置要求を申し立てたが、15年に退けられていた。

 判決は「職員は制限により日常的に不利益を受けており、具体的事情を踏まえずに同僚らへの配慮を過度に重視したのは著しく妥当性を欠く」として人事院判定を違法と判断した。

 トラブルもなく、他の職員からの反対もない。それなのに経産省側は処遇見直しなどを検討せず、むしろ困っている人に問題解決を押しつけたままだった。原告の不利益を不当に軽視したとの指摘は重い。

 世論調査などでは、性的少数者に対する国民の理解は急速に進んでいる。一方で、差別や偏見が根強く残っている。

 先の国会で理解増進法が成立したが、審議の過程で「心は女性と主張する男性が、女子トイレや女湯に入ってくる」との流説が聞かれた。具体的な状況を踏まえず、抽象的な不安を過度にあおるデマは差別の助長につながる。

 多様性を認め、少数者がしわ寄せを受けない社会にしなければならない。

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