“サラリーマン”の行方

 かつては腕利きで鳴らしたセールスマンが、60歳を超えて得意先は引退し、成績もぐんと落ちて、心のバランスを崩していく。その昔、演劇青年の頃に見たプロ劇団の舞台「セールスマンの死」(アーサー・ミラー原作)をうっすらと覚えている▲劇作家の鴻上尚史(こうかみしょうじ)さんは名戯曲を評した本で、この作品のことを書いている。優秀なサラリーマンは人の欲望に敏感なあまり、かえって自分が何をしたいのか見失ってしまう、と▲ここ何十年かの日本経済を人に例えれば「腕利きのサラリーマン」かもしれない。「輸出立国」の看板を掲げ、外国の欲しがる物、欲望をつかんでは、質の高い品を売りさばいた▲その日本が地価と株価の上昇に浮かれて心の均衡を失ったのが、バブル後の泥沼だろう。それを経て2013年、当時の安倍晋三首相は「バイ・マイ・アベノミクス」(アベノミクスは「買い」だ)と海外からの投資を誘い、株高に導く姿勢を見せる▲その後の経済財政白書は「バブル後と呼ばれた時期を抜け出した」と胸を張った。コロナ禍が「ようやく一段落」の今はさて、どうだろう▲上向き始めた業種も多いが、円安、株高、物価高、人手不足がどう作用するか、先は見通せない。また自分を見失わないようにと、サラリーマンの健康回復の行方を案じる。

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