京都・保津川下りが運航再開 3月末の転覆事故で運休、3カ月半ぶり【動画あり】

再開された保津川下りを楽しむ乗船客ら(17日午前10時52分、京都市西京区・トロッコ保津峡駅付近)

 京都府亀岡市から京都市・嵐山地域に至る「保津川下り」が17日、3カ月半ぶりに運航を再開した。3月末の転覆事故直後から運休していたが、再開を待ち望んでいた観光客らが早速乗り込み、保津峡を巡る約16キロの船旅を楽しんだ。

 午前8時ごろ、亀岡市にある乗船場のチケット売り場がオープンすると観光客らが続々と訪れ、チケットを購入した。乗客は新たに導入された首から掛ける自動膨張型の救命具を装着して船に乗り込んだ。午前9時15分ごろ、船頭が船のスピードを出す「櫂(かい)」をこぎ出し、再開第1便が保津峡へ向けて出発した。

 事故は亀岡市の桂川(保津川)で、3月28日午前11時ごろに発生。船の進行方向を操作する「舵(かじ)」を担っていた船頭の操船ミスをきっかけに船が転覆。乗客25人と船頭4人全員が川に投げ出され、51歳と40歳の男性船頭2人が亡くなった。

 組合は6月中旬、水難事故の専門家らの意見も取り入れた独自の再発防止策を公表。救命具は操作の必要がないベスト型と自動膨張型に変更し、無線機を全隻に搭載、舵役の船頭の落水を防ぐ船体を改良するなどした。当初は今月12日の再開を目指していたが、天候不順で航路整備や試験運航が遅れ、延期されていた。

 京都有数の観光コースの保津川下りは、年間20万人以上が乗船する。平安京造営以前に丹波地域から筏(いかだ)で木材を流したことがルーツで、江戸時代初期の1606年、豪商・角倉了以による保津峡開削を機に燃料や食糧を運ぶ舟運が盛んになった。

 明治期から観光利用が始まり、夏目漱石の「虞美人草(ぐびじんそう)」に登場したり、英皇太子らが乗船したりするなど国内外に知られる。現在でも竿(さお)、櫂、舵を用いた人力の操船技術や、石積みで川の流れや水深を整える「川作」の技術を守り続けている。

© 株式会社京都新聞社