凍結道路で “夏タイヤ” スリップ事故の運転手に判決 はねられ右手失った高校生の思いは届くか… 裁判官「涙を禁じ得ない」 裁判で明かされたこと 広島

去年1月、広島市で凍結した道路を夏用タイヤのトラックで走り、自転車と衝突する事故を起こした罪に問われた運転手に有罪判決が下されました。

事故に巻き込まれ、生死の境をさまよった高校生は、夢に向かって歩みを進めています。

事故はなぜ? 「路面の凍結は予測できなかった」

事故があったのは去年の1月。広島市安佐北区口田の路面が凍結した道路で、夏用タイヤをつけて走っていたトラックがスリップし、歩道を自転車で走っていた男子高校生に衝突しました。

高校生は骨盤を骨折したほか、右手を切断する大けがをしました。高校生が走っていたのは自転車が通行可能な歩道で、学校に向かう途中でした。

寒気が流れ込み、事故の前日は広島市中心部でも一時、雪が舞っていました。当日の朝、広島市中区の最低気温は0.4℃でした。

過失運転傷害の罪で起訴された運転手は仕事のため、工事現場へトラックを運転して向かう途中だったといいます。

7月4日に開かれた初公判で運転手は、「事故を起こした事実に間違いはないが、路面の凍結は予測できなかった」などと話しました。

弁護側の被告人質問では「会社から指定されたトラックが夏用タイヤで、危ないとは思いませんでしたか?」と問われると、「12月に入って会社に『スリップが怖いからスタッドレスタイヤにかえてくれ』と言いましたが、会社からは『チェーンを巻いておけ』と言われました」。

さらに、「チェーンをつけようとは思いませんでしたか?」という質問には、「全く雪がなかったので、つけようとは思いませんでした」と答えました。

事故に巻き込まれた高校生の手術は14時間にも及び、意識が戻ったのは約1週間後でした。

高校生は利き手の右手を失ったため「左利きになろう」と、食事をしたり文字を書いたりする練習をしました。106日間に及ぶ入院生活で繰り返した手術は20回に上りました。

「なんてことをしてくれたんだ」「やってくれたな」高校生の供述調書

初公判では、検察官が事故後の高校生の供述調書を読み上げました。

(高校生の供述調書)
「トラックの運転手に対しては『なんてことをしてくれたんだ』『やってくれたな』という気持ちです。『やってくれたな』には2つの気持ちがあります。

一つは悲しい、体を傷つけられたことへの怒りです。この言葉はこれ以上、言葉にできません。察してもらいたいと思います。

もう一つは前向きな意味です。私は事故にあうまで自分の将来を具体的にイメージしていませんでした。しかし事故にあって病院に入院し、医師やリハビリに携わってくれた人に治療や今後の学校生活について相談したときに、皆さん、私に心から親身になってくれました。私の場合、作業療法士が私の相談にのってくれて、悩みや趣味について話を聞いてくれました。そういう作業療法士の仕事に奥深い魅力を感じました。

『作業療法士になりたい』こういう思いを抱くようになった元々のきっかけは、1月14日の事故です。きっかけをつくったという意味で『やってくれたな』と思うわけです。

今はただそのイメージをもとに必死になって勉強することが今の自分にできる精一杯のことだと思っています」

読み上げられた供述調書の内容に、運転手はこらえきれず、むせび泣いていました。

「素敵な医療従事者に」高校生が左手で記した “今の気持ち”

事故から1年半がたった今、記者があらためて高校生に ”今の気持ち” を聞くと、高校生は左手でこう綴ってくれました。

(少年の直筆の手紙)
「私はこの交通事故をきっかけに、たくさんの素敵な医療従事者の方々に出会えました。入院中は支えてくださり感謝しています。私も素敵な医療従事者になりたいと思うようになりました」

高校生は、将来の夢を叶えるため、大学受験に向けて勉強を続けています。

裁判官「心情を思うと涙を禁じ得ない」

19日の判決で、広島地裁の 後藤有己 裁判官は、次のように指摘しました。

「被害者は生死の境をさまよい、幾重もの手術を経て命をつなぎとめただけでなく、右手を失い、被害結果は重大。当時15歳の被害者が感じた憤りや無念さは想像を超えるものがある。被害者が『事故に遭ったことで将来の具体的イメージを持つことができ、目標達成のために必死になって勉強することが、今の自分にできる精一杯のことだと思う』と述べる心情を思うと涙を禁じ得ない。凍結する高架橋上で不用意にブレーキを踏むなど運転者として果たすべき基本的な注意義務に反した」

一方で「夏タイヤを装着していたのは会社の方針であった。道路の凍結は十分予想できたといえる反面、証拠上、事故直前に初めて道路の凍結を確定的に認識したと認められる。被告人の過失はとっさに行った判断の誤りに基づくアクセル、ハンドル、ブレーキの操作にとどまる。結果の重大性に照らすと被告人を実刑に処すべきとの検察官の意見に理由がないわけではないが、過失の内容や程度に照らすと、実刑に処すのが相当な事案とまでは言い難い」としました。

そして、運転手に禁固1年10か月・執行猶予3年の判決を言い渡しました。

事故を起こす重大さをドライバーに分かってもらいたい

高校生の父親
「息子が被害にあったというのがすごくつらい。自分が身代わりになりたいくらい」

高校生の母親
「まさか我が子が交通事故にあうとは思わず、事故の怖さや重大さを感じます。右手を失った息子は、これから長い人生、重いハンディを背負って生きていかなければなりません」とやりきれない思いを語ります。

県内では6月までに10代の29人が重傷を負う交通事故が発生しています。両親は交通事故が少しでも減ることを心から願っています。

高校生の父親
「事故は本人たちの問題だけではなく家族や親戚、みんなを巻き込むことになるので(事故を起こす)重大さをドライバーには分かってもらえたら」

ハンドルを握る以上、誰もが交通事故の加害者になる可能性がある…。車に関わる全ての人が安全に対する意識を高めることが求められています。

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