サッカーでは残酷なことに、移籍したいときに移籍できるわけではなく、所属したいクラブに所属できるわけでもない。
今回は『Planet Football』から「本人の意志に反して移籍せざるを得なくなった6名のスター選手」をご紹介する。
アンヘル・ディ・マリア
移籍元:レアル・マドリー
移籍先:マンチェスター・ユナイテッド
2014年にレアル・マドリーでチャンピオンズリーグを制覇し、その決勝戦でMVPに輝いたディ・マリア。彼はその後マンチェスター・ユナイテッドへと移籍してプレミアリーグで苦戦することになった。
メディアの報道によれば、ディ・マリアはその時レアル・マドリーを離れることに前向きではなかったという。またレアル・マドリーはパリ・サンジェルマンからのオファーを待っていたが結局来なかったため、マンチェスター・ユナイテッドに売ることになったとか。
ヤープ・スタム
移籍元:マンチェスター・ユナイテッド
移籍先:ラツィオ
1998-99シーズンにトレブル(三冠)を達成したマンチェスター・ユナイテッドの中心的ディフェンダーだったヤープ・スタム。しかし彼は2001年にラツィオへと売却されることになった。
その理由はスタムが出版した自伝の内容であったという。アレックス・ファーガソンの怒りを買ってしまった彼は、代理人からの電話でラツィオへの移籍を知ったという。
イケル・カシージャス
移籍元:レアル・マドリー
移籍先:ポルト
レアル・マドリーは2015年にある種の岐路に立たされていた。長年チームを支えてきたイケル・カシージャスはもう若くはなかったし、FAXの故障によってダビド・デ・ヘアの獲得に失敗していた。
そして内部からのプレッシャーを受けることになったカシージャスは、最終的にポルトへの移籍に同意。彼の両親は「フロレンティーノ・ペレス会長によって追い出された」とクラブを強烈に批判した。
メスト・エジル
移籍元:アーセナル
移籍先:フェネルバフチェ
レアル・マドリー、そしてアーセナルで稀代のパサーとしてアシストを積み重ねたメスト・エジルであるが、イングランドでのキャリアはとても難しい形で終えなければならなかった。
ミケル・アルテタ監督によって戦力外の扱いにされ、欧州カップ戦のメンバーからも除外された。人件費の削減が必要になったクラブにとって給与があまりに高かった彼は邪魔者になってしまい、2021年にフェネルバフチェへと放出されることに。
ルイス・スアレス
移籍元:バルセロナ
移籍先:アトレティコ・マドリー
2014年にリヴァプールからバルセロナに移籍し、リオネル・メッシやネイマールとともに「MSN」と呼ばれる伝説的な3トップを形成したルイス・スアレス。
彼が2019年にバルセロナを退団したときの流れは衝撃的だった。ロナルト・クーマン監督が就任することが決まったクラブは高齢化した彼をあっさりと売りに出し、ルイス・スアレスは涙を流しながらアトレティコ・マドリーへと移籍することになった。
サンドロ・トナーリ
移籍元:ミラン
移籍先:ニューカッスル
今夏のマーケットでミランからニューカッスルへと移籍することになったイタリア代表MFサンドロ・トナーリ。しかし報道によれば、彼はミランを離れることを知って泣き崩れたという。
【関連記事】1億ユーロ以上の移籍金で獲得も「歴史的大失敗だった6選手」
少年時代から愛していたミランに加入したとき、彼は減給を受け入れるほどの覚悟を抱いて契約をしていたのだ。ニューカッスルのジムを見たときに「ミランのほうが大きかったよ」と呟いたのも仕方がないことかもしれない。