<金口木舌>それぞれの爆心地

 「百間(ひゃっけん)の港に、舟をよこわせとけば、なしてか知らんが、舟虫も、牡蠣(かき)もつかんど」(石牟礼道子「苦海浄土」)。水俣病が世に知られる前、不知火の漁民たちはこんな話をしていた

▼新日本窒素肥料(後のチッソ)が水俣病の原因となるメチル水銀を含む有毒な工業用水を海に放った、熊本県水俣市の百間排水口の樋門の保存を巡る議論がある。腐食して崩落の危険があると水俣市は当初、撤去の方針だった

▼胎児性患者の松永幸一郎さんら患者団体は、この排水口が水俣病の「原点であり爆心地」だとして、作家の柳田邦男さんと共に保存を要求。水俣市は方針を転換し、複製による現地保存の方針を示した。撤去した実物の活用法は未定だ

▼沖縄戦を語り継ぐため沖縄県は32軍壕の保存に向け動くが、県内に点在するガマなどの戦跡は風化による立ち入り禁止や埋め戻しも聞かれる

▼それぞれの受難にそれぞれの爆心地がある。残念ながらそれらの遺構は朽ちてゆく。歴史を忘れがちな私たちが何を継ぎ、どう生きるかを、消えゆく遺構は問う。

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