諫早大水害66年 継承と防災決意 各地で慰霊祭 体験談を語る会も

山津波発生現場で手を合わせる参加者=諫早市森山町

 630人の死者・行方不明者を出した諫早大水害から66年となった25日、諫早市内の各地で慰霊祭や法要などがあった。参列者は追悼の祈りをささげ、継承と防災への決意を新たにした。
 山津波と呼ばれた土石流で民家が流され、死者39人を出した同市森山町の釜地区。発生現場の水難者慰霊碑前には祭壇が設けられ、約40人が読経に合わせて焼香した。遺族や地元住民らでつくる「水害慰霊継続委員会」(山口公德委員長)主催。当時を振り返り防災減災につなげようと、追悼法要に合わせて体験談を語る会や炊き出し訓練なども毎年続けている。
 法要後、近くの同地区集会所であった「語る会」では、森山地区社会福祉協議会の谷口幸一事務局長が、当時の資料や写真などをプロジェクターで投影しながら、被害状況などを解説。災害の怖さや日頃の備えの大切さを再確認した。
 山津波発生直後の現場を目撃した野﨑勝見さん(84)は、土の中に人間が埋まるなどの悲惨な光景を語り「二度とこんな事が起きなければいい。年に1度は体験を語り、次世代に伝えていくべき」と話した。
 諫早仏教連合会(横山秀道会長)も同日早朝、本明川沿いの高城公園(高城町)で追悼法要を営んだ。
 犠牲者鎮魂のため建立された大悲観世音像前であった法要には、宗派を超えて市内寺院の住職ら同連合会関係者や大久保潔重市長、遺族ら約50人が参列。会場の隅で長男(1)と静かに手を合わせていた女性(37)は「異常気象で、いつどこでどのような自然災害が起きてもおかしくない。自分や子どもの命を守るためにも災害への備えをしっかりしなければ、と改めて感じた」と話した。

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